【思想新聞2001年12月1日】【主張】
遠山敦子文部科学相は11月26日、中央教育審議会(会長・鳥居泰彦前慶応義塾長)に対して教育基本法改正と教育振興基本計画の策定について諮問を行った。教育基本法は教育の理念を示すものであり、教育振興基本計画はその具体化を図るものであり、その両者の改正・策定は21世紀の日本の教育の柱を定めることを意味している。中教審は過去のしがらみにこだわることなく、安易な妥協を廃して抜本的改革案を提示すべきである。
家庭と宗教教育の推進が重要だ
文部科学省は1年をめどに答申を得たいとしているが、教育基本法改正については教育改革国民会議が昨年12月に当時の森首相に「教育を変える17の提案」と題する最終報告を提出し、その中で「新しい時代にふさわしい基本法」の必要性を訴えていた。それから1年も経過した。教育改革に熱心だった森首相が退陣し、小泉首相が経済中心の「聖域なき構造改革」を主張することによって教育基本法改正は政治課題から放棄されてきた感が強い。中教審はこれから1年掛かりで改正案を論議するというのだから、その遅さに呆れるほかない。
とはいえ、旧文部省が固執してきた教育基本法の改正を中教審が検討に入るのは戦後初めてのことである。中教審には抜本的改正に向けて腰を据えて取り組んでもらいたい。
遠山文科相は教育改革国民会議の最終報告を踏まえ、検討の視点として、【1】時代や社会の変化に対応した教育 【2】人一人の能力、才能を伸ばし創造性をはぐくむ 【3】伝統、文化の尊重など国家社会の形成者として必要な資質の育成――の3点の検討を中教審に求めている。
われわれは教育基本法改正で最も重要なことは、教育を通じて道徳・倫理基盤の確立を図る国の基本理念を示すことと考える。なぜなら現行の基本法の最大の欠陥は、人権ばかりを重んじ、家庭、国家、民族、歴史、伝統、文化を抹殺するかのごとく、宗教・道徳教育を否定してきたところにあるからだ。
戦後日本は、教育基本法九条と憲法20条を根拠に宗教教育を教育現場から一掃し、その結果、道徳教育が形骸化。日教組および共産党系全教の共産主義教員らは、基本法を後ろ盾に子供たちに唯物論教育を施してきた。このような歪な基本法を土台とした戦後教育は、子供たちに生きる目標と日本人としての自覚を喪失させ、少年凶悪事件の多発やいじめ、不登校などさまざまな問題を生みだしてきたのである。
したがって教育基本法の改正は家庭を基盤に伝統文化の良さを見直し、宗教情操教育をしっかり行い得る理念として提示することに意義がある。つまり、日本の教育に魂を入れ直さなければならず、そのための教育基本法改正としなければならないということだ。
教育改革国民会議の最終報告である「17の提案」は、最初に「人間性豊かな日本人を教育する」との項目を掲げ、第一に「教育の原点は家庭であることを自覚する」、第2に「学校は道徳を教えることをためらわない」、第3に「奉仕活動を全員が行うようにする」、第4に「問題を起こす子供への教育をあいまいにしない」、第5に「有害情報等から子供を守る」の5つの提案を行っている。
中教審はこの提案を十分に尊重しなければならない。同提案は家庭教育について「教育という川の流れの、最初の清冽(せいれつ)な一滴となり得るのは家庭教育である」と位置づけ、「しつけ三原則」や教育休暇制度の導入などを提言、また道徳教育の推進として「宗教を人間の実存的な深みにかかわるものとしてとらえ、宗教が長い年月を通じて蓄積してきた人間理解、人格陶治(とうや)の方策について、もっと教育の中で考え、宗教的な情操をはぐくむという視点から議論する必要がある」と記している。
また提案は、国が子供を有害情報等から守るために法整備を進めることを求めている。これは教育基本法とは別に、青少年健全育成法といった法律で対応すべきであるが、いずれにしても、真の教育改革に取り組むには戦後、軽んじられ抹殺されてきた「家庭教育」や「宗教教育」を復活させねばならないことは明らかである。
共産勢力の暗躍を許さぬ監視を
こうした視点で中教審が教育基本法改正に向けてその理念を
答申で出すべきである。だが、広く国民の声を聞くということで日教組関係者も審議委員で入っており、論議の行方は予断を許さない。中教審答申が共産勢力によって骨抜きにならないように国民は監視しておく必要がある。戦後の唯物論風土にメスを入れ、教育基本法を改正、そして憲法改正を目指して、われわれは世論形成に努めねばならない。


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