思想新聞 平成9年(1997年)2月5日号
Q–正月草々、宮本顕治議長は庭で転んだとかで入院したようですね。いよいよ後継問題が出てくるのでしょうか。
A–代表権がないとはいえ不破委員長がいわば社長でいますから、すぐに権力闘争が起こることはありません。しかし、問題は前回も述べましたように、共産党という組織そのものが、そして共産主義という思想そのものが「個人の独裁」を招く構造になっていますので、次の議長(最高権力者)が誰になるかによって党内闘争が起こると見ておかねばならないでしょう。
Q–宮本議長には戦前の非転向の<獄中伝説>があり、つまりカリスマ性があるので、個人独裁になっていたわけではないのですか。
A–もちろん、そうした側面はあります。それに、宮本議長に党内支配の手腕があったればこそ、35年以上も党首をやってこれたのです。しかし、問題は宮本議長の個人的力量の問題でなく、共産党組織の問題なのです。いずれ宮本議長がマルクスに会いにいった時に、この問題がでますから、この際、共産党の組織を歴史的にも探っておきましょう。
Q–歴史的というと、個人独裁はスターリンから始まったということですか。
A–いえ、違います。個人独裁というと即、スターリンを思い浮かべますが、実はスターリンはレーニンの考えを踏襲しただけです。日本共産党もレーニン=善、スターリン=悪といった構図を描きますが(スターリン時代の日本共産党は崇拝していた)、個人独裁や個人崇拝はレーニンがつくったのです。そして、その起源はマルクスです。
Q–つまり、「プロレタリアートの独裁」論から来ているということですね。
A–よくお判りですね。マルクスは社会主義から共産主義への過渡期にはプロレタリアートの独裁が必要と言いました。レーニンは『プロレタリア革命と背教者カウツキー』の中で、「階級闘争の承認をプロレタリアートの独裁の承認に拡張する人だけが、マルクス主義者である」とまで言い切りました。
Q–それが共産党の目指す社会主義政権の特徴ですね。
A–特徴は党の独裁だけでなく、さらにレーニンは「個人の独裁はきわめてしばしば革命的階級の独裁の表現であり、担い手であり、先導者であった」として、党は大衆がソビエトの指導者、独裁者の意志に異議なく服従するようにせしめなければならないとまで述べているのです。
Q–それを忠実に実行したのがスターリンというわけですか。
A–レーニン自身が個人独裁者で、それを継承し、さらに粉飾したのがスターリンです。ロシアの思想家ベルジャーエフは「権力を握っているものは権力の味を覚え、権力への意志はそれみずから満足すべきものになり、人々は手段としてではなく目的としてその獲得のために戦う」と指摘していますよ。宮本議長も共産党という一国一城の主として同じ心境だったのでしょう。
Q–となると、ポスト宮本をめぐって、やはり熾烈な権力闘争が起こる?

ポスト宮本をめぐって権力闘争が起こるか?


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