思想新聞1998年9月25日号
「武力行使」で違憲判断も危惧される有事法制の形骸化
今国会の重要法案の一つは言うまでもなく、新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を実施ならしめる関連法案だ。しかし同関連法案には不備が多々指摘されている。問題の根本は、集団自衛権の行使を否定しながら、日米協力を進めることにある。機雷除去における「武力行使」の違憲判断はその好例。棚上げされた「日本有事」態勢づくりにおいても、有事法制の形骸化が危惧される。
ガイドライン関連法案のなかで焦点の一つは、船舶活動検査(臨検)である。これについて法案は「外国による船舶検査活動と混交して行われることがないよう、かかる活動が実施される区域と明確に区別して指定されなければならない」としている。つまり、米軍が検査中に交戦となった場合、自衛隊が退却するための措置であるという。 また米国への支援や遭難米兵捜索救助活動を「後方地域」に限定した。しかし現在の戦闘はミサイル兵器の長射程化や精密誘導能力の向上などにより、前線と後方の区別がつかなくなっている。戦闘地域が変化するのが今日の戦争だ。
さらに「戦闘行為」についても、防衛庁長官は、後方や公海で戦闘行為が始まった場合や戦闘行為が予測される場合、自衛隊活動の中断を命じなければならないと規定している。もし米軍が戦闘状態に入り、日本に危険が迫れば負傷した米兵を置き去りに退却できることがあり得るのだ。同法案が成立した後、周辺事態における日米協同の作戦計画が見積もられるだろう。そうなれば、わが国がとり続ける集団自衛権行使の否定の態度が、いかに米軍を不安なものにしているが明らかになるに違いない。
「遺棄機雷」除去なら合憲は子供じみた話
以上のようにガイドライン関連法案の不備は多々ある。だが、新ガイドラインそのものが憲法判断が微妙な「グレーゾーン」を相変わらず残して合意されたものであった点を無視することはできない。一昨年夏から始まったガイドライン見直し作業では、肝心の憲法問題について、日本側は終始「憲法の枠内」にこだわり続けた。つまり、集団自衛権の行使を否定したまま、日米協力を進めようとする姿勢を依然として変えなかったのである。
新ガイドラインは周辺有事について「日本周辺地域の事態で、日本の平和と安定に重要な影響を与える場合」と定義した上で、40項目の対米協力を列挙しているが、はたしてスムーズな協力が行えるか疑問視される。
例えば、その中には「日本領域と周辺公海上」での機雷の除去活動(掃海)が明記されている。これは有事への対応として同盟国として当たり前の行為であるが、日本の憲法解釈では「遺棄機雷」の除去ならば合憲だが(自衛隊法九条で定義)、武力攻撃の一環として施設された機雷の除去は武力行使に当たるとして違憲としている。有事に際して、機雷の「意味付け」をして対応するなどという子供じみた話は、世界のどこにも通用しない。
また新ガイドラインのもう一つの重要分野は、日本が武力攻撃を受けた場合の対応だが、政府はなぜか周辺事態だけを先行させ、肝心の日本有事を棚上げにしている。
周辺有事として最も可能性の高い韓半島有事で見れば、在韓米軍と在日米軍が一体的存在となっており、かつ在日米軍が主力を位置付けられていることから、北朝鮮の第一撃は日本列島から始まると指摘する専門家も多い。日本本土の有事態勢が整備されていてこそ、周辺有事への対応が可能となるはず。こうした有事態勢づくりの棚上げも、「憲法の枠内」にこだわり続ける政治の怠慢に他ならない。
新指針再見直しも視野に入れよ
いずれにせよ問題の多いガイドライン関連法案と言わざるを得ないが、今国会中の可決は不可避である。北朝鮮の「テポドン」ミサイルが示したように、わが国の平和と安全を脅かす「能力」をもつ国家が存在するからだ。
法案成立後を見据えて、竹田五郎元統幕議長は「周辺事態協同計画の作成が進められるが、この間、米軍の行動、意図、問題点が明きからになろう」と指摘した上で、「次の段階として『法解釈上何ができるか』に止まることなく、『同盟の実を上げるため、独立国として何をなすべきか』を自主的に判断し、『指針』の再見直しに進むべきである」と述べる(世界日報5月14日付)。
米軍支援は終局は日本の安全のためである。この事実を理解すれば、集団自衛権に言及しなければならない。集団自衛権は、国際法にのっとった自衛権の一つとして保証されていることは言うまでもない。だが「憲法でこれを認めるが行使はできない」という解釈に自ら縛られる限り、日本の安全保障は危機にさらされたままだといえよう。


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