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広島教育界に入り込む部落解放同盟 教職員組合と正論で闘う

思想新聞 1999年7月25日号 視点論点


石川校長の死に奮い立つ

明日の教育を考える広島県民の会会長
大亀 正志

 昭和21年から務めた教員生活を平成4年に退職し、もう公の仕事からは一切身を引くつもりでいた。ところが、2月28日に県立世羅高校の石川敏浩校長が自殺したと知りびっくりした。私が尾道北高校で教頭をしていた頃、故石川校長は青年教師として赴任してきた。真面目で責任感の強い、やる気旺盛な魅力ある教師であり、わが子のようにかわいがり、自分の持てるものをすべて教えたつもりだった。校長になってからも年に何回か会い、手紙のやりとりもしていた。
 世羅高では部落解放研究部や教職員組合からの圧力が相当きつかったに違いないが、一言の愚痴も言わなかった。亡くなる30分前まで卒業式の式辞を清書していたと聞き、よくぞ一人で頑張り通したものだ、もう力尽きたのだと思う。
 まことに悔しく、石川校長の死を無駄にしてはならないと、75歳の老骨ながら教育正常化のために役に立てればと「明日の教育を考える広島県民の会」会長を引き受けた。
 昭和40年代初めに尾道北高教員を務めた時代、既に解放同盟は県教育委員会を素通りし、ストレートに学校の教育現場に入り校長交渉をやっていた。糾弾の場で同盟に日の丸・君が代に反対する理由を問うと、「貴族あれば賤民あり。天皇あれば、被差別部落の賤民も残る。天皇制がなくなれば被差別部落も消える。だから天皇制、日の丸・君が代には反対だ」という。
 これを聞いて「いかん」と思った。こんな考えがまかり通ると、未来を背負う青少年の行く末が心配でならない。が、力には対抗できない。一人悩んで、ふと思いつき卒業生に贈る言葉をレコードに収録する時、一担任として「人を愛する、なかんずく国を愛する、そういう愛国心を持った立派な人物に育ってほしい」と吹き込んだ。
 同校で生徒指導部長をしていた時、職員会議の原案をつくる企画委員会で、校長から日の丸・君が代問題について意見を求められた。そこで最初に「解放同盟は日の丸・君が代に反対するが、私たちは解放同盟ではない。少なくとも従来通り体育祭などで日の丸を掲げればよいと思う」と発言した。
 同和教育主担が「日の丸を掲げたら問題になる」と言ったが、私は「PTAも反対しないはず。大勢の味方がいるから心配ない」と主張した。それ以来、尾道北高校では、毎年日の丸・君が代を実施している。
 昭和53年、尾道工業高校に新任校長として赴任して早々、同和教育主担と組合が「確認書」に判を押さない限り校長として迎えられないと脅してきた。
 教職員会議が最高の議決機関であり、日の丸・君が代は絶対反対とする内容を認めるわけにはいかない。私は書かない、と突っ張り通した。最後に組合側が、遠足の引率をしないと通告。
 脅しの戦術か本気なのかが読めぬまま、困った時にはPTAに相談せよということを思い出した。教員には学校に来なくてよいと物別れにし、教頭に今晩中にPTA役員に連絡し、引率をお願いするよう指示した。翌朝、なんとPTA役員がみな集まってきた。教員もやっと間に合うように来て同和教育主担が謝ってきた。正しいことを頑張り通せば天は味方することがよくわかった。
 昭和56年に校長として赴任した三原高校には、全日制と定時制があった。定時制は、やはり確認書に判を押すよう強要してきた。1カ月半経ち、定時制の先生たちが学校の正面玄関に、こんな校長は断固迎えられないと無断で立て看板を出した。教頭と一緒にそっと倉庫に入れると、教員はまた出してくる。何回か繰り返すうち、県教委の耳に入り呼び出された。よく頑張っていると評価してくれたが、喧嘩両成敗で校長には口頭で訓告を出すが、教員集団には処分の文書を出すことで決着。
 全日制は、どうしても日の丸・君が代の賛成が得られなかった。思い切って、体育祭での日の丸掲揚の予告を出し、全教職員の前で「日の丸は自らの意思で行動していない。戦争に利用した人々の行動を恨みこそすれ、日の丸を恨むのは筋違い。君が代は天皇賛美というが、新憲法に天皇は日本国の象徴と明記されている。その天皇を敬うのは少しも憲法に違反しない」と述べた。
 しかし組合代表は「我々にも立場がある。校長が日の丸を揚げたら、引きずり降ろしに行くだけ」と引かない。個人的には次々と私の意見に同調してくれた。組合の立場も配慮し、大勢の客の前でぶざまな姿を晒すまいと結局、日の丸は揚げなかった。それ以来、私を信頼してついてくる教員が増えた。主任制反対闘争の時も三原高はストの参加率が県下で一番低かった。
 いま日の丸・君が代問題がクローズアップされているが、県の教育長も強腰で断固たる信念を貫いていると聞く。しっかり後押しすることで石川校長の死に報いられると思う。国旗・国歌は理屈ではなく、国民の情感に訴えるべきもの。祝祭日に日の丸を掲げる家庭が増えていけば、周囲に爽やかな感情が広がっていく。(安全保障推進広島県民会議講演より・文責編集部)

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