思想新聞2000年10月1日号【ニューススコープ】
驚くべき「朝日」の防衛音痴ぶり
プーチン・ロシア大統領が日本訪問の公式日程を終え帰国した直後、「スパイ」はあげられた。海上自衛隊の萩崎繁博(はぎさきしげひろ)三佐(38)が9月8日、警視庁公安部に自衛隊法違反(機密漏洩)の容疑で逮捕されたのである。相手はロシア大使館駐在武官として赴任していたロシア軍参謀本部情報総局(GRU)情報官のビクトル・ボカチョンコフ大佐(44)。少なくとも半年前から数回以上にわたり秘密情報が提供され、萩崎三佐は数十万円の現金を受け取っていたという。
この事件を朝日新聞は、「季節はずれのスパイ事件」(9月9日社説)と報じた。さらに「それにしても、街のレストランで『密会』して機密情報を授受する、といったスパイ小説もどきの構図には『まだこんなことを』という驚きと違和感も拭いきれない」などと述べ、国家安全保障に対する驚くべき無知ぶりを露呈している。
スパイ戦・情報戦はなにも冷戦に特有のものではなく、あらゆる戦いにおいて、最も重要な位置を占めてきたといっても過言ではない。武力戦と共に双璧をなし、そのうえ、有事のみならず、平和時にも活発に行われるのが常であったことを考えると、戦いの勝者とは情報戦の勝者であったといえるだろう。
冷戦崩壊しても消えぬ諜報戦略
冷戦後の世界は、宗教・民族間紛争の多発化など、一層、不安定、不透明になってきている。発生要因の複雑化によって、冷戦下よりも国際情勢は読みがたくなってきている。即ち、情報戦の必要性は冷戦時代より増しているのである。「季節はずれ」などという認識を持つことは「防衛音痴」の自己告白以外の何者でもない。
最近のロシアによる対日工作をめぐっては97年7月、SVR(ロシア対外情報庁、旧KGB)の職員が、失踪した日本人男性に30年以上なりすまし、軍事情報などを集めていたことが発覚、警視庁が国際刑事機構(ICPO)を通じて国際手配した事件がある。
更に、98年2月にはSVRの諜報員がハイテク技術情報を入手していたことが明るみに。ロシアはここ数年、日本との防衛交流を深める一方、情報収集を活発化させており警戒を強めていた。
一方、世界でもロシアの諜報活動は目立っている。ドイツ連邦検察庁がミサイル技術などをロシアの情報機関に流していた疑いでドイツ人2人を逮捕したと発表したのは昨年8月のこと。同年7月には、米政府が「ロシア外交官の5割がスパイ活動に従事している」と、スパイ要員の退去を求めたことも明らかになっている。さらに同12月には米捜査当局がロシア外交官を逮捕する事件も起きているのである。
在日ロシア大使館の駐在武官、ボカチョンコフ大佐は、98年2月に来日した。公安部の調べでは、その任務は、GRU(軍参謀本部情報総局)の機関員として自衛隊関係者に近づくことであったという。ロシアは中国と並んで防衛交流の最大の対象国となっている。防衛庁は92年から外交当局を交えた政策協議を開催して友好関係を進展させ、萩崎三佐が所属していた防衛研究所でも、93年5月から今年2月にかけてロシア軍の研究機関との間で情報交換会議を計11回も行っていたのである。防衛庁内部での内規などは作られていないという。
ところで、周知のごとく我が国にはスパイ防止法さえない。「スパイ天国ニッポン」である。このため、他国では重罪のスパイ行為が我が国では犯罪扱いされないのである。今回の場合も、萩崎三佐が問われているのは国家公務員の守秘義務違反という軽微な罪状にすぎない。即ち、自衛隊法第59条1項で、自衛隊員は職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない、としており、違反した場合は、1年以下の懲役または3万円以下の罰金が科せられるだけである。
審議未了廃案となったスパイ防止法案
スパイ行為を非難するだけでは何の改善にもならない。諸外国同様、それを防ぐための法制的対抗措置が不可欠である。
1985年、自民党によってスパイ防止法案が議員立法として国会に提出されたことがある。しかし、共産党、社会党、朝日新聞をはじめ左翼勢力が結束し、猛烈な反対運動を展開したため、残念ながら審議未了廃案となってしまった。
これを機に、スパイ防止法案の再提案を強く要望する。来年4月には情報公開法が施行されるが、全く矛盾はない。それは、秘密保護法制を持つ欧米の議会制民主主義国が、情報公開法を制定しているのを見ても明らかである。また、世界には秘密保護法はあっても情報公開法はない国が多くある。しかし、日本のように情報公開法はあるが秘密保護法がない国は皆無なのである。ここでも日本の国家体制、法制度の異常さがある。
それにつけても朝日新聞の主張は滑稽だ。前掲の社説にはさらに「日露共同訓練でも、ロシア側の情報開示はかなり進んでいるという。こうした方向を押し進めていくことこそが、世界の安定のためにも、諜報と防諜のいたちごっこから脱却するためにも、結局は賢明なありかたではないか」とある。しかし同じ9日、プーチン大統領は「情報安全保障ドクトリン」を承認している。それは、外国報道機関が「公的な許可なしに連邦機関の情報を入手しようとする」ことが情報安全保障の脅威となると規定し、外国メディアの取材活動を大きく規制しようとするものなのである。「朝日」の「音痴」ぶりはここまで来ると、一種の犯罪といっても過言ではない。


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