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日朝交渉 日韓米連携が不可欠だ

思想新聞2002年5月15日【1面TOP】

北朝鮮は軍事戦略で動いている

通じない日本の平和ボケ交渉

 日朝交渉が再び始まった。4月末には北京で2年ぶりに日本と北朝鮮の赤十字会談が開かれ、北朝鮮が「日本人行方不明者」の消息調査を再開することを正式に確認した。日朝対話が進むのは好ましいことだ。だが、これをもって日朝交渉がよい方向に進むと考えるのは早計である。日朝交渉は2国間では決して動かないことを銘記すべきだ。ブッシュ米政権の「悪の枢軸」非難の強硬姿勢が北朝鮮をして対話の場に引きずり出したことは間違いない。北朝鮮が進める対話は単なる外交交渉ではない。北朝鮮にとっては全てが戦時態勢であり軍事戦略なのだ。だから力を背景に同じ姿勢で臨むブッシュ戦略が奏功している。赤十字会談だから人道交渉などと考える日本の平和ボケ交渉は通じない。日韓米一体の対北朝鮮政策が不可欠である。

 約2年ぶりの日朝赤十字会談は北朝鮮側からの要請で開催が決まった。日本としては拉致問題の解決が最大の懸案だが、北朝鮮にとっては食糧支援である。思惑があまりにも違うのだ。日本側はこれまでの日朝交渉を踏まえて双方の大使館での開催を求めたが、北朝鮮はこれに応じず、結局、4月29、30日の両日に北京市内のホテルで会談はもたれた。北朝鮮は政府交渉ではないことを印象づけ、あくまでも交渉で日本側の出方を値踏みしているのだ。
 この日朝会談で北朝鮮側は「行方不明者」の安否調査を行うこと、日本側は1945年以前の朝鮮人行方不明者に対する安否調査を行うこと、日本人妻の里帰りを本年夏頃に実現すること、次回会談を6月頃に行うことの4点で合意した。
 いずれも北朝鮮の交渉材料にすぎない。拉致問題の安否調査は独裁国であり国民の情報をすべて握っている北朝鮮にとってはその気になれば明日にでも判明する。だから、安否調査と日本に要求する朝鮮人行方不明者調査は日本側の妥協を引き出す交渉材料に使っているだけにすぎない。
 実際、これまでの交渉過程をみてみよう。99年12月の日朝交渉と赤十字会談を受け翌2000年3月に日本が10万トンのコメ支援を決めると、北朝鮮は拉致調査にぶつけるように同3月の北京での赤十字会談で朝鮮人行方不明者108人の名簿を提出。だが5月には交渉延期を通告して揺さぶりをかけ、7月にはさらに朝鮮人行方不明者151人の名簿を提出。ようやく9月に日本人妻里帰り(16人)を実施。そこで日本が50万トンの支援を決定する、といった具合に日本のコメ支援を引き出すために人道問題は巧妙な取り引き材料に使われてきたのだ。
 昨年は5月に金正日総書記の長男・金正男氏の偽造旅券による不法入国事件、11月に朝銀事件、そして12月に不審船銃撃沈没事件が勃発すると、すかさず北朝鮮赤十字会は「行方不明者」調査の中止を一方的に発表。不利な立場に立つ交渉ならやらぬという姿勢だ。
 今年一月、ブッシュ米大統領が一般教書演説で北朝鮮など3カ国を「悪の枢軸」と非難し強硬姿勢を一段と強めると、2月に北朝鮮はスパイ容疑で抑留していた元日経記者を突然、解放。3月には警視庁が有本恵子さんを北朝鮮による拉致事件と断定すると、北朝鮮赤十字会は「行方不明者」調査の継続を発表。4月に金正日総書記は北朝鮮を訪問した韓国の朴東源大統領特別補佐官に「行方不明者は論議の対象になり得る」と発言し、そして日朝赤十字会談が二年ぶりに再開された。
 こうした経緯を見れば北朝鮮が日朝交渉へと転換した最大の理由が、ブッシュ政権の「悪の枢軸」で代表される妥協なき強硬路線によって米朝交渉が行き詰まったからであることがわかる。米朝交渉がうまく進められないので、南北交渉や日朝交渉で米国の動きを牽制しようとしているわけだ。北朝鮮にとって外交交渉の本丸はあくまでも米国であることを日本は確認したうえで日朝交渉を進める必要がある。
 なぜ金正日総書記は米国を本丸と考えるのか。それは彼が「金正日将軍」と呼ばれることを最も好み、北朝鮮では「金正日軍事委員長」というのが正式な肩書きであるように、あくまでも軍事戦略、戦争として外交を捉えているからである。軍事で見れば米国が本丸であり、日本も韓国も所せん出城でしかない。北東アジアの軍事情勢は圧倒的な米軍事力とそれを補完する韓日の軍事力から成り立っているからだ。
 もともと共産主義はクラウゼヴィッツのテーゼ「戦争は他の手段をもってする政治の継続にほかならない」を継承し、レーニンは「マルクス主義者はこの命題を各々の戦争の意義をみる際の理論的基礎といつも考えてきたが、それは正しかった」と述べた。金日成もまた軍事を最重視し、政治の延長としての戦争、そして戦争の手段としての外交という視点で金日成主義を構築してきた。これを見落として対北朝鮮政策はあり得ない。
 では、北朝鮮はどういう軍事的思考をしているのか。朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」や軍の機関紙に掲載された今年の年頭の共同社説は「偉大な首領様誕生90周年を迎える今年を強盛大国建設の新しい飛躍の年として輝かそう」とのタイトルで、首領(金日成・金正日父子)、思想(主体思想)、軍隊(人民軍・先軍思想)、制度(ウリ式社会主義)の「四大第一主義」を強調し、今年を「苦難の行軍」時代と位置づけたのである。
「苦難の行軍」時代としているように、あくまでも北朝鮮は国家全体を軍として捉えている。ここをしっかりと押さえておかねばならない。社説は昨年の成果として金正日総書記の外交手腕によって「社会主義建設は攻撃的な陣地」を占めたとしている。北朝鮮にとって外交成果とは「攻撃的な陣地」をつくることなのだ。さらに社説は「帝国主義者たちの横暴な挑戦を打ち砕いて社会主義の保塁を強固に固めた」とした。「保塁」とは敵軍と戦うための軍事拠点のことだが、ここでも国家が軍であることを示す。そして社説は現在の北朝鮮を「金正日同志の偉大さの誇示であり、わが党の先軍革命路線の結実」とした。「先軍革命路線」は外交交渉であろうと赤十字会談であろうと全てに貫かれていることを想起しておくべきだろう。
 かつて毛沢東は「孫子の兵法」を『紅軍作戦四原則』に採り入れ「敵進めば我退く、敵退けば我追う、敵駐まれば我乱す、敵疲れれば我打つ」とした。孫子は『始計篇』で「乱して之を取り、実ならば(敵が充実していれば)之に備え、強ならば之を避け、努らして之を乱し、卑らして之をおごらしめ、扶すれば(十分休養をとっていれば)之を労し、親しまば之を離し(敵軍の和があれば、それを離間し)、その備なきを攻め、その不意に出ず」と述べるが、金正日総書記はまさにこの軍事戦略(すわなち外交戦略)を駆使しようとしているのだ。
 現在、敵(ブッシュ米政権)が進んできている。だから北朝鮮は退く。日本はさしずめ駐まっている状態だから、不審船などでさまざまな工作を仕掛け乱そうとする。そして日韓米を離間しようと企てる。
 さる2月に還暦を迎えた金正日総書記は金日成主席の遺訓(南北赤化統一事業)をどう実現するか躍起となっている。4月15日に故・金日成主席の生誕90周年祝賀行事を行い、そして4月末から平壌で一大マスゲーム・イベント「アリラン」をスタートさせた。人民に金正日総書記への忠誠を誓わせ、かつ外貨獲得、さらに日韓共催ワールドカップへの対抗をめざす「アリラン」を成功させるために、現在は米国の圧力を退ける時であると北朝鮮は考えているはずだ。そこ から日朝交渉が導きだされる。次回会合が6月に設定したのもこのためである。
 とまれ日本は日韓米と一体化し、そして備え(有事立法)を今国会で固めておかねばならない。

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