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File-64 反グローバリズムの構造

思想新聞2002年9月15日号 共産主義は間違っている!!

摩訶不思議な「人権真理教」国・ニッポン 18

「ポストモダン」の流れを受け反米イデオロギーに

矛盾する「自己決定」思想

Q ロールズは「西欧的な思考の枠組みから脱却する」ために、徹底して「人権の根拠の相対化」を推し進めたということですが、これは「脱西欧化」を標榜した構造主義・ポスト構造主義などのいわゆる「ポストモダニズム」に連なっていると考えられるのでしょうか?
 それとまた、「自制原理」が喪失されたということですが、そういえば以前問題にした「自己決定」と、この自制原理というのはどう関わってくるのでしょうか?

 なかなか鋭い問いかけですね。民主主義の枠組みというのは、前にも言ったように、古代ギリシアまでさかのぼるのではなくて、どうしても西欧のキリスト教社会にその起源を求め、その文脈の中で解釈されてきた考え方ですから、当然、非キリスト教文明を自任する国々、民族・社会にとって、いわゆる「民主化」というものは、「西欧流のグローバル・スタンダード」の押しつけのように映るのです。
 そうしたいわば「主流・本流」に敢えて異を唱え、強者よりも弱者、主要中心よりも周辺・辺境に価値を見出そうというのが、大ざっぱに言えば、「ポストモダン」の思想と言えるわけです。ですから今日、NGO(非政府組織)その他で大きな勢力となっている「反グローバリズム」の運動も、このようなポストモダン思想の流れを汲んでいると言えます。例えば、スターリンによる粛清の嵐が暴露されることによって、ソ連流共産主義に幻滅した、欧米はじめ世界中の共産主義者とシンパ層は、雪崩を打って、民族独自の共産革命を標榜した毛沢東の指導する中国共産党に「連帯」しようとした。まあ、北朝鮮もそうですね。彼らは、西欧の手法とは全く異なるアプローチとして「アジア的共産主義」に活路を見出したわけです。日本の連合赤軍(とくに京浜安保共闘)も毛沢東主義によって山岳ベースを軍事拠点としました。赤軍派のうちよど号ハイジャック犯メンバーも、結局のところ金日成主義の主体思想を受け容れたわけです。
 とにかく毛沢東はもてはやされました。しかし結局、行き着いたところは、カンボジアのポルポトによる大量殺戮だったわけです。親中国であったクメールルージュは、もちろん毛沢東主義(マオイズム)を奉じていました。そして中国においても文革の狂気が、批判されるようになったわけです。
 そしていま、中東紛争、アフガン空爆などの対テロ戦争、地球温暖化防止の京都議定書離脱問題などから、「反米」の声がしきりにあがっています。このようなことを敢えてここで述べる必要はないのですが、テロリストらにとって大きな追い風となるのが、この「反グローバリズム」の考え方であり、彼らに大義名分を与えてしまうことにほかなりません。
 いみじくも、漫画『新ゴーマニズム宣言』で小林よしのり氏が「ビン・ラディンへの共感」を表明しましたが、まさに「反米」「反グローバリズム」において一致しているわけです。こうした主張は米国憎しのあまり、バランス感覚を失っていると言わざるを得ません。それは「米帝国主義打倒」を叫ぶ極左過激派集団と何ら変わりなくなってしまうのです。

反グローバリズムが内包する自己矛盾

 これは実は、つぎの質問、「自己決定」に関わってくる問題なのです。「脱西欧化・非西欧化」というのは、結局のところ《鎖国》にほかなりません。それぞれが孤立した存在であって、何ら干渉どころか交渉さえも拒否される状態です。
 反グローバリズムのイデオローグ(理論的支柱)ともいうべき人物は、フランスのジャック・アタリです。彼はミッテラン大統領の補佐官も務めた社会党の側近でした。彼は『反グローバリズム ~新しいユートピアとしての博愛~』という著書で、「博愛原理主義」こそが次代の根幹思想となる、と主張しています。
 しかし皮肉なことに、アタリ氏の意に反し「反グローバリズム」を唱えれば唱えるほど、各々の国家・民族が「自決」することで世界からますます断絶されることになります。それこそ「実現不可能な理想郷」、画餅になるのは明らかなのです。というのは、彼の主張は「繰り返される革命」というトクヴィルの警鐘に当てはまるからです。

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