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File-71 純潔・自己抑制という思想を受容しない日本

思想新聞2003年1月15日号 共産主義は間違っている!!

摩訶不思議な「人権真理教」国・ニッポン 25

“社会の木鐸”神話の陰で…

特ダネのため人心を売る

Q 新聞、テレビなどメディアは「社会の木鐸」と俗に言われますが、視聴率稼ぎのための「特ダネスクープ」に群がるというわけですね。何らの「正義」もない。そう言えば「朝まで生テレビ」(テレビ朝日)などテレビへの露出度の高い左翼系ジャーナリストの大谷昭宏氏が、かの社民党の機関誌『社会民主』の中で、TBSの北朝鮮でのジェンキンス氏インタビュー事件への「弁明」をしており、「スクープ」をねらうのは当然のこととして自分をも含めて正当化しているようですが。

A これは『週刊金曜日』のケースと同じく、キム・ヘギョンさんのインタビュー報道に対し、拉致被害者家族会が厳重に抗議したその心情を無視し、踏みにじった上での暴挙であるという事実をまず押さえておく必要があるでしょう。
 どうも帰国した拉致被害者の方々の「マスコミ報道によって国が動いた」という発言ばかりが頭に残って、これまでの冷たい対応を棚に上げてひとり悦に入っているのではないでしょうか。

実はセクト的な性的自己決定論 

さらに、日本のメディアの「脱・倫理性」あるいは不道徳性を如実に示した例が、ニューズウィーク誌(12/9号)の日本語版です。英語版では、表紙を「新しい純潔」というメイン・タイトルが飾り、全米の約三分の一の高校で「結婚まで純潔を保つことが積極的人生を送る秘訣」という自己抑制カリキュラムを採用するなど、若者の間に着実に「貞操がトレンド」として拡がっている内容でした。しかし、日本語版では通常「本家」と同じ表紙である場合が多いのに、このときは表紙どころか記事内容一切が抜け落ちていました(「サンデー世界日報」12/29号)。これは恣意的に排除したとしか言えないでしょう。外資系メディアですらこうですから、推して知るべしです。あまつさえ、全国の小学校で過激な「性教育」が問題化している只中です。
 そして最近「男女共同参画社会」が叫ばれるようになって「市民権」を得たように「ジェンダーフリー」(「性差」の解消)という言葉を耳にするようになりました。先にも紹介したように、過激な性教育をふくめ、これらの思想的根拠となっているのは、「性的自己決定」という考え方です。
 そもそも「自己決定」なのですから、「性行動」をするもしないも「自分の意志で決定すること」なのですが、しかしながらこれらの「権利」を主張する人々は、暗に「性行動を起こさないのは社会道徳に抑圧されているから」という「決めつけ」を行っているわけです。つまり、「性的自己決定論」は巧みに「自己決定」を装いながら「性行動」への意識を助長させ、児童生徒に「セックスをするかしないか自分で決める権利」(『生徒人権手帳』三一新書)などというものをインプットさせているのです。それこそフェミニズムの論理、「専業主婦は夫支配から自立できない落伍者」と見なすような独善的理屈と軌を一にしています。
「性的自己決定論」を振りかざす人々は、「社会は男らしさ・女らしさと決めつける観念に支配されている」と考えます。「決めつけられている」と言いながら、自らも「決めつけ」ているのです。これはまさに、マルクス主義そのもののもつ「セクト(党派)主義」的性格と相似形を成していると言えましょう。このように考えてみると、フェミニズムや「自己決定論」とは、はたして「学問」なのだろうか、と疑義を呈せざるを得ません。
 例えば夫が家事や育児をしたりするのは、別に「ジェンダーフリー」を叫ばなくても済むことです。それよりもっと深刻な問題は、家族という共同体を、「愛情による紐帯」ではなく、「利害に基づく機能的集団」にすぎないと見る一種の「還元主義」的思考です。
 
◎写真=「新しい純潔」が特集として表紙を飾った米「ニューズウィーク」誌2002年12月9日号
その日本語版12月11日号は全く別のもの「ネットゲーム新世紀」だった。

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