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File-17 恐るべき“専業主婦”差別思想

ジェンダーフリー思想が露わに

思想新聞 2000年9月1日号 シリーズQ&A 共産主義は間違っている!! 

フェミニズムの仮面を被ったマルクス主義 1

家庭の中が階級闘争の「戦場」と化す

女性はプロレタリア?

Q 最近、市役所の方から「男女共同参画」に関するアンケートの回答を依頼されたのですが、「男女共同参画社会基本法」っていう法律ができてたんですね。

 これは昨年6月にできましたが、この「男女共同参画社会」について「社会の対等な構成員として自らの意志によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ共に責任を担うべき社会」(第2条1項)としています。一見すると非常に立派な文言のようですが、問題なのはそこに「フェミニズム」や「ジェンダーフリー」(性差撤廃)思想が露わになっているからです。

Q 男女同権という発想は悪くないと思いますが…。

 それだけでしたら悪くはありません。もともと世の中は男性か女性なのですから。ただし、始末に負えないのは、それがマルクス主義の階級闘争と結びついた時に起こるイデオロギーによる悲劇なのです。
 結論から言ってしまうと、マルクス主義イデオロギーによって家族や家庭が「階級闘争の場」、つまり「戦場」になってしまうのです。その「実験場」となったのがまさに1960~70年代にウーマンリブの嵐が吹き荒れた米国社会でした。その結果、就学児童生徒のほぼ50%が片親という空前の高離婚率社会を生んでしまったわけです。その反省から現在、「ファミリーバリュー」つまり家族的価値観を大切にしようとの機運が高まってきました。
 なぜ家庭が階級闘争の場になってしまうかというと、「男性=強者・権力者」「女性=弱者・搾取される存在」という安易な図式があるからです。だから極論すると男はブルジョアで女がプロレタリアートということになる。そうすると、フェミニストの目の敵となるのが専業主婦です。専業主婦は、家庭という「オリ」の中で育児と家事に隷従させられた、最もみじめで抑圧された存在であり、時には「男性中心社会」の片棒を担ぐ「裏切り者」に映り、逆に新たな「差別」とさえなってしまうのです。

エンゲルスに依拠で家庭崩壊も当然

 この点を八木秀次・高崎経済大助教授は『国を売る人びと』の中で次のように言っています。
「フェミニズムの発想、具体的には『ジェンダーフリー』や『育児の社会化』の発想の淵源がどこにあるかというと、これは完全にマルクス主義です」として、エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』を引用しています。ではエンゲルスは「家族」をどう捉えていたのでしょう。
「近代的個別的家族は、妻の公然または陰然の家内奴隷制の上に築かれており、そして近代社会は、個別家族だけをその構成分子とする一つの集団なのである。今日、少なくとも有産階級では、夫は大多数の場合稼ぎ手であり、家族の扶養者でなければならないが、このことが彼に支配者の地位を与えるのであって、これは法律上の特権を一つも必要としない。夫は家族の中でブルジョアであり、妻はプロレタリアートを代表する。…近代的家族における夫の妻に対する支配の独特の性格や、夫婦の真に社会的平等を樹立する必要性ならびに方法も、夫婦が法律上で完全に同権になったときはじめて、白日の下に現れるであろう。そのときには、女性の解放は、全女性が公的産業に復帰することを第一の前提条件とし、これはまた、社会の経済的単位として個別家族の属性を除去することを必要とするということがわかるであろう」(戸塚訳・岩波文庫)
 このようにエンゲルスは、きわめて偏った見方で家族・家庭を見ていますが、労組など職を持つ女性が声高に男女同権を主張する背景にはこの言及があるからでしょう。
「フェミニズムというのは、マルクス主義の亜流で、家庭内の夫婦関係、一般の男女間の関係を力関係、上下関係と捉えて、それをひっくり返そうという思想です」と八木助教授が前掲書で述べるように、イデオロギー優先で家庭を築こうものなら、「崩壊」するのも当然となります。なぜならこうした人々は結婚にすら積極的価値を認めないからです。

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