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統一地方選 国を壊す「地域主権」を一掃しよう

この記事は2011年3月8日に投稿されました。

現在、地方政治では橋下大阪府知事の「維新の会」と河村名古屋市長の「減税日本」が注目を集め、知事や市長など首長と議会の「不毛の対立」が話題の中心となり、地道な政策それ自体にはあまりスポットが当てられていない。そんな中で闊歩しているのが「地域主権」の標語である。民主党系の議員を中心に「地域主権」が声高に叫ばれている。だが、この背後には文化共産主義が潜んでいることを知らねばならない。これこそ地方自治の仕組みそのものを変え、国を壊してしまおうとする企みにほかならない。それが菅民主党政権の唱える「地域主権」なのである。

鳩山前政権の「地域主権革命元年」は理想主義

地域主権はもとより菅政権の“新語”ではない。古くは20年前、「行革の顔」とされた故・土光敏夫氏らの行革国民会議が「地方主権」を提唱したことがある(1990年11月)。このときは「地方主権」と名付けられていた。その趣旨は、明治維新の廃藩置県にも匹敵する国内の大改革を実行し地方分権を前進させるためには、地方「分権」ではなく地方「主権」と強調する必要があるというものだった。それを継承するかのように民主党もこの用語を使い始めた。そして2009年夏の総選挙のマニフェストに「地域主権」の項を立て「霞が関を解体・再編し、地域主権を確立する」とうたい、「明治以来続いた中央集権体制を抜本的に改め、『地域主権国家』へと転換する」とした。ここでは土光氏の「地方主権」から「地域主権」へと微妙に表現を変えた。民主党政権が誕生すると、鳩山前首相は2010年1月の通常国会の施政演説で「地域のことは、その地域に住む住民が責任をもって決める。この地域主権の実現は、単なる制度の改革ではありません。自律的でフラットな地域主権型の構造に変革する、国のかたちの一大改革であり、鳩山内閣の改革の1丁目1番地です」と豪語し、「本年を地域主権革命元年にする」と宣言した。
 この鳩山前首相の「地域主権」は理想主義に基づいている。2004年に発表した『新憲法試案』(PHP研究所)の試案前文に鳩山氏は「補完性の原理」をうたい、その理念から地域主権を導き出している。「補完性の原理」はもともとカトリックの原理で「問題はより身近なところで解決されなくてはならない」とする考え方である。つまり、個人や家庭でできるものはそのレベルでやり、できないことは住民やNPO、それができないことは基礎自治体、それができないことは広域自治体でやる。そして国は外交・防衛・マクロ経済政策だけを担当し、さらに必要に応じて国家主権の一部もEU(ヨーロッパ連合)のような国際機関に移譲するというものである。これが「補完性の原理」に基づく鳩山氏の国家像である。友愛政治を説き「EUの父」と称されたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの思想が背景にある。そこから物議を呼んだ「アジア共同体」と「地域主権」が表裏一体の関係で登場することに注目しておくべきだ。

菅首相の師・松下圭一氏は伊共産党の系譜に連なる

だが、菅政権の「地域主権」は土光氏の「地方主権」とも鳩山氏の「地域主権」とも根本的に違っている。このことに気付く人は極めて少ない。我々はここを警鐘乱打したいのである。それは2010年6月の菅首相の所信表明演説(6月11日)で、自らの政治の師として名をあげた松下圭一氏(法政大学名誉教授)の「地域主権」なのである。松下氏の『市民自治の憲法理論』(岩波新書)は、「市民自治」を基礎とする国家の再構築(構造改革)を強調している。この構造改革論はイタリア共産党の指導者アントニオ・グラムシ(1891~1937年)の「ヘゲモニー論」やパルミーロ・トリアッティ(1893~1964年)の「構造改革論」の影響を強く受けたものである。トリアッティの構造改革論が日本の共産党や社会党に紹介されたのは1950年代だが、路線闘争を経て主流にはなりえなかった。それを故・江田三郎氏(社会市民連合)や松下圭一氏が継承して今日に至った。
 マルクス主義は大きく「東欧(レーニン主義)」と「西欧(文化共産主義)」に分かれたが、その発端の一つが第1次世界大戦だった。ドイツ社会民主党(共産党)がドイツのベルギー侵攻を支持することにより第2インターナショナルが崩壊、それによって共産主義者は国家意識が階級意識に勝るという現実に直面することとなり、いかにして階級意識を強化するかが深刻な反省とともに残された課題となった。その中でマルクスが主張した最も根源的な疎外の克服=宗教と家庭の廃止=という原点に回帰すべきであるという考え方が出てきた。ジュルジュ・ルカーチ(ハンガリー 1885~1971)の「歴史と階級意識」がその代表である。さらにロシア革命後のソ連の現実=ノーメンクラツーラ(特権階級)=の暗部が露呈する中で、ローザ・ルクセンブルク(ドイツ 1871~1919)の主張が注目されるようになる。ローザ・ルクセンブルクはレーニンの前衛党論を独裁につながると批判し、プロレタリア大衆の自発性に期待した。民主主義(市民の自由が柱)は権力掌握を必然的にし、かつまた民主主義のみがそれを可能にするがゆえになくてはならないと強調したのである。
 この西欧共産主義の潮流を増幅させたのがグラムシで、特に「ヘゲモニー」論の与えた影響は絶大だった。ヘゲモニーとは「知的、道徳的、倫理的説得に対する同意」のことである。彼によると労働者階級は政治権力を奪取する前に文化的ヘゲモニーを確立しなければ勝利することができない。特権階級はヘゲモニー的地位を獲得し被搾取者を政治的に隷属させるだけでなく、精神的にも隷属させている。つまり精神的支配は政治的支配の条件なのである。それでグラムシは労働者階級の主要な任務が自らをブルジョア的・教会的文化から解放して、自分達の文化価値を十分に固め、すべての被抑圧層と知識人とを自分達の側へと引き寄せる点に存すると説いた。さらに彼は「市民社会」について論じ、市民社会とは「教会、学校、メディア、組合などを含む社会」であり、「国家=政治社会プラス市民社会、すなわち、強制の鎧をつけたヘゲモニー」であるとした。ここから、いわゆる「国家の死滅」とは、グラムシにおいてはパリ・コミューン期マルクスの「国家の社会による再吸収」と相通じる「政治社会の市民社会への吸収」というテーゼとなったのである。

伊共産党路線を日本に持ち込み「国家の死滅」目指す

トリアッティはグラムシの同僚である。「構造改革論」の根本思想はグラムシ、実戦理論はトリアッティが担った。トリアッティは「イタリアの社会主義への道」(1956年6月 第3回共産党大会に向けての草稿)で「我々は効果的な政治行動をもって我々の憲法の中に社会主義的原則を挿入することでも、社会制度のある種の改革実現の開始を実現することでも、議会を利用することに成功した」と述べており、彼が憲法解釈を最も重視したことがわかる。イタリアにおける社会主義実現にとって有利な条件として何よりも民主憲法を上げ、さらに政治面では州自治制の導入、任命制県知事の廃止などを上げたのである。このように見てくると、要するに松下圭一理論とは、グラムシの「市民社会による政治社会の吸収」(市民自治による国家の再構築)、すなわち「国家の死滅」を実現するため、トリアッティの「社会主義への道」、すなわち「憲法の中に社会主義的原則を挿入すること」により切り開こうというものであることが浮き彫りになってくる。イタリア共産党路線を日本に持ち込もうというのが松下圭一理論であり、その松下氏を師と仰ぐ菅首相は文化マルキストそのものと断じざるを得ない。
 すなわち、松下圭一理論である日本版構造改革論は、現行憲法を至上に置き、現代社会主義を「憲法原理の完全実現のための憲法構造の変革運動」と位置づけ、そのうえで、「社会主義体制はプロレタリアートによる《市民自治》の憲法構造化」とする。グラムシの「市民社会による政治社会の吸収」(市民自治による国家の再構築)すなわち「国家の死滅」の実現を目指すものなのである。そのことによってトリアッティの「社会主義への道」を「憲法の中に社会主義的原則を挿入すること」によって切り開こうとする。つまり国家を解体するための「市民自治」であり、「地域主権」なのが菅首相の「地域主権」にほかならないのだ。

主権は「国家主権」か「国民主権」しか存在しない

「主権」という概念を誤って使ってはならない。国際法上に「地域主権」という概念は存在しないからである。主権という概念は国際法概念としては「国家主権」、そして国内法(憲法)概念として「国民主権」があるだけである。すなわち国際社会(国際法)では主権平等(国家の独立)としての国家主権、国内社会(憲法)では統治権の民主的正当性のための国民主権が原則とされ、国際社会、国内社会のいずれにおいても「地域主権」という概念は存在しない。にもかかわらず「地域主権」をことさら強調するのは、まさに上記に見た国家を死滅させるための陰謀である。あたかも市町村や都道府県が中央の統治体(国家)に対して分離・独立を主張できるかのように錯覚させるのである。例えば、左翼勢力によって沖縄県が独立を宣言し、その後、中国あるいは台湾との合併を目指すなどと言い出した場合、日本国家はこれを受け入れるのである(我々は断じて受け入れない!)。こういう陰謀を秘めているのが、菅首相の口から発せられる「地域主権」なのである。統一地方選ではこうした陰謀を見抜かねばならない。

2011年3月8日

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