思想新聞2004年4月1日号 勝共理論 マルクス人間疎外論 6
ヘーゲル批判から「プロレタリアートによる解放」との概念に至ったマルクスは、従来の哲学的思考から経済学的思考に進まざるを得なくなります。そんな時、彼は生涯の盟友となるフリドーリッヒ・エンゲルスに出会うのです。
エンゲルスはイギリスのマンチェスターでの工場経営を通じて当時の労働事情に精通しており、それに基づいた既存の経済学の批判論文を44年2月に発刊された『独仏年誌』に寄稿していました。それが「経済学批判大綱」です。エンゲルスと意気投合したマルクスは、この見解を取り入れて『経済学・哲学草稿』を著し、マルクス疎外論が展開します。
彼によれば、「労働者は一個の商品」であり、資本主義社会の経済は労働者からの搾取によって成立している。労働者がいかに熱心に働いても、その労働生産物(商品)は資本家に収奪され「労働者は彼が富を多く生産すればするほど、…それだけ貧しくなる。労働者は商品をつくればつくるほど、それだけますます彼は安価な商品になる」。これが労働者の疎外にほかならない、とマルクスはいいます。
彼は資本主義社会における労働者の「疎外の構造」をこう言います。
第一は、「労働者からの労働生産物の疎外」。いくら労働者が商品を生産しても、それは自分のものにならず、資本家のものとなる。そして資本家の私的所有物となった労働生産物は資本を形成し、その資本が労働者を支配する。
第二は、「労働者からの労働の疎外」。資本主義社会では労働行為そのものが資本家のものとなってしまい、したがって労働は強制的であって、喜びがなく苦痛となる。
第三は、こうした疎外によって人間は本来の自由なる創造活動(これこそ人間の類的な生活)が営めなくなり「人間からの類の疎外」がもたらされ、その結果、第四には「人間からの人間の疎外」に陥ることになると。
以上のことからマルクスは、人間疎外からの解放の道は資本家の私有財産と化した「労働者から奪われた労働生産物」を取り戻すべく、私有財産の止揚、共産主義を提唱するに至るのです。
ここに至って「共産主義」という一個の妖怪がおぼろげながら姿を現すことになります。


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