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北朝鮮「テポドン」ミサイル飛来 国防の在り方問い直せ

思想新聞1998年9月25日号

新防衛大綱こそ政治怠慢の元凶「初めに削減ありき」で米軍依存集団自衛権に何ら言及なし

 北朝鮮ミサイルの三陸沖着弾により、にわかに日本の防空、情報収集システム論議が活発となってきた。しかしまず問われるべきは、国防のあり方そのものではないか。95年に策定された新防衛大綱は「初めに削減ありき」の発想で、まさに政治怠慢の元凶といっても言い過ぎではない。事実、日米安保体制の重要性をうたいながら、集団自衛権にも何ら言及していない。対症療法的論議に終始するのでなく、情勢に則した防衛戦略の見直しをはかることこそ政治の責任であろう。

 北朝鮮ミサイルの日本近海への飛来は今回が初めてではない。93年5月の「ノドン」発射により、戦域ミサイル防衛(TMD)の米国との共同研究・導入論議はすでに議題に上がっていた。今回の、突然降って湧いたかのごときTMD、偵察衛星導入の論議は、むしろこれまでの政治の怠慢を浮き彫りにしただけである。
 このような対症療法的な論議の背景には、防衛に対する国家としての確固たる理念の欠如がある。そしてそのことが色濃く反映されてきたのが、「防衛計画の大綱」であった。
 この「大綱」は昭和51年、当時の緊張緩和(デタント)と三木首相の「ハト派」的意向を反映したものとして策定された。本来、防衛は有事を想定して整備されるものだか、「大綱」は国際情勢を「大規模な武力紛争の起こる可能性は少ない。わが国への本格的侵略の可能性も少ない」との脱脅威論に立ち、「平和時において保有すべき防衛力の水準」として最初から「平和時」を設定。
 この「基盤的防衛力構想」は「限定的かつ小規模な侵略については、原則として独力で排除する」としたものの、「限定的小規模」がどの程度の規模なのかは一切明確にせず、曖昧模糊とした防衛戦略をつくっていた。
 こうした「大綱」の問題点を克服すべく、自社さ連立政権時代の95年に策定されたのが「新防衛大綱」である。だが「新大綱」も、理念よりもまず「削減ありき」の防衛構想に終始している感がある。
 「新大綱」はこれまでの「基盤的防衛力構想」を踏襲、それどころか、旧構想にあった「限定的小規模」侵略への「独力排除」を削除してしまった。
 その結果、陸上自衛隊員の2万人削減など大幅な縮小統合が行われたのである。
 「新大綱」は日米安保体制の「運用の強化」をうたってはいる。ならば常々指摘されている「有事」や「緊急事態」における日米安保体制の片務性を解消するには、集団自衛権の行使に踏み切らざるを得ない。だが、こうした点には何ら言及がなされていない。
 98年版防衛白書は、有事法制について「法制が整備されることが望ましいと考えているが、法制化するか否かは高度の政治判断にかかわり、国会の論議や世論の動向などを踏まえて対応すべきと考える」と歯切れの悪い答えに終始している。防衛理念の欠如をさらけ出すこうした姿勢が、日本の平和と安全を危うくする一因となっているともいえよう。
 北朝鮮は、今後もミサイル開発を続け、中国も海洋覇権をめざし軍拡を進めている。「新大綱」もその時の情勢に照らした防衛力の在り方の見直しの検討に言及している。まさに、わが国の情勢に則した防衛戦略の見直しこそが急務である。

宇宙開発国会決議 主客転倒の偵察衛星論議政府見解見直しが先決

 北朝鮮ミサイル「テポドン」の飛来に対し、政府・与党連絡会議は9月7日、軍事以外の目的も持つ「多目的衛星」導入の検討を決定。10日には自民党も独自に、情報衛星に関するプロジェクトチームの初会合を開いた。また民主党の菅直人党首も、偵察衛星の必要性に言及するなど、「テポドン」ミサイルはさながら「平成の黒船」のごとき衝撃を与えたかのようである。
 しかしこの論議こそ主客転倒の典型といえよう。
 なぜなら、宇宙開発に関する国会決議(69年、衆議院)について政府は85年、「自衛隊が、衛星を直接、殺傷力、破壊力として利用することを認めないことはいうまでもないが、その利用が一般化しない段階における自衛隊による衛星の利用を制限する趣旨のものと考える」として事実上、自衛隊が偵察衛星を保有することを禁じる見解を明らかにしている。
 こうした点を踏まえず、いくら世論向けの議論を行っても、いずれ雲散霧消となる可能性は否めない。またTMD導入に関しても事は同様だ。共同開発は武器輸出に関する三原則に抵触するという声に、政府はいかに答えるつもりだろうか。
 日本の政治特有の問題先送り、棚上げの体質を改めぬ限り、国家防衛は危ういといわざるを得ない。

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