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公共事業見直しの視点資金配分なき地方分権で国際的対応を

思想新聞2000年10月1日号【視点論点】

 日本がもし発展途上国であったら、公共事業に莫大な金額を注ぎ続けることに大した批判は生じなかったであろう。産業振興のために道路を切り開き、港湾を構築し、食糧増産のために農地を改良し、海を干拓することは「公共の福祉」に直結する重要な政策であったはずである。農山漁村地に不足する人的資源 しかし、日本経済が発展し、日本が経済大国となり、先進国として国際社会に「定位」していくことが求められるようになった現在では、発展途上国の時代の政策を続けていたのでは、いろいろな分野で矛盾に直面せざるを得なくなる。とはいえ、日本国内にもまだ発展途上国に相当する地域がかなり残っているのも事実だ。人口一人あたりの公共投資額は全国平均を大きく上回っていたとしても、まだまだ道路整備は足りないし、都市公園も不足している農山漁村地域は、全国いたるところに存在する。日本全国の人々が都市的繁栄に憧れを持ち、都市生活を理想としている限り、農山漁村地域の公共施設の整備は、まだまだ不足しているのである。それどころか、そうした地域に根本的に不足しているのは民間の施設であり、人間そのものなのである。
 かつて、農山漁村地域から優秀な人材が大都市に向かって流出し、大都市を基地として日本全体の繁栄に貢献した。この流出一世たちは、大都市から地方に交付金や補助金を配分することに寛容であった。しかし、その二世、三世たちは、東京にある中央政府のおかげで(中央集権体制のおかげで)自分たちが資金的に恵まれていることを忘れ、地方に資金配分することに消極的になっている。地方分権を進め、大都市集中を是正しさえすれば、大都市から地方への資金配分は不要になるのである。経済大国に見合う住環境整備を 公共事業の見直しを考える場合に忘れてならない論点は、いくつかある。第一は、日本国民の福祉のために公共事業がどの程度が必要なのかという量的問題であり、第二は、どのような内容の公共事業が必要かという質的問題であり、第三は、大都市部と農山漁村部との格差および両者間の資金配分の問題であり、第四は、その財源配分をめぐる中央政府と地方自治体との関係の問題である。
 まず第一の量的問題については、まだまだ足りないとも言えるし、この程度でそろそろ減らしてもいいのではとも言える。というのは、先進国型の社会にもっていくための投資はまだまだ不足しているのに対し、発展途上国型の投資は、まだ必要な地域もないわけでもないが、すでに量的には足りていると考えられるからである。公共投資の拡大が景気浮揚にあまり効き目がなくなったことは、もはや常識になっている。病人に対する点滴のようになっており、それによって元気を回復し、バリバリと仕事ができるような栄養源にはなっていない。
 そこで第二の質的問題が重要になる。公共投資が不足している分野は、日本人が先進国民として生活し、経済活動を行っていくのに必要な分野である。たとえば、経済大国の国民にふさわしい居住環境の整備であり、国際貢献に直結するような産業分野の基盤整備、そして西洋のマネでも単なる過去の遺物でもないオリジナルな芸術文化の創造とそれによる国際貢献である。国民の「お城」である住宅については、人間の寿命より長い耐用年数の良質住宅を公共の財産として整備していくことが必要である。そのための都市計画も重視する必要がある。
 第三の大都市部から農山漁村部への財源配分については、東京に首都を置く中央集権体制の代償のようなものであるから、一極集中が是正されない限り継続する必要があろう。ただし、投資の重点を道路から住宅に移せば自動的に減っていくことになる。
 第四の中央政府と地方自治体との関係については、地方分権の社会に転換して国際社会に対応するという視点が重要である。

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