この記事は2011年2月4日に投稿されました。
ロイター通信(2月2日)は米軍機密文書などを公表している内部告発サイト「ウィキリークス」が2011年のノーベル平和賞候補に挙がっていると報じている。ノルウェーの国会議員が「言論の自由と透明性の確保に最も貢献した」として、受賞者を選ぶノーベル賞委員会に推薦したというのだ。これが事実なら、この国会議員はアナーキスト(無政府主義者)かカオス(混沌)信奉者に違いない。よもやノーベル平和賞に選ばれることはないと思うが、こういう話が出ること自体がノーベル平和賞の品位を落とす。ネット社会が進化する中で世界秩序はどうあるべきか、熟考する必要がある。
元ハッカーの犯罪的な手法を称賛するな
内部告発サイト「ウィキリークス」は政府機関や民間の内部告発情報を公表するウェブサイトで、2006年にオーストラリア国籍の元ハッカー、ジュリアン・アサンジが創設した。政府や企業の内部者に提供を求め、その生の情報をすべてそのままサイトに公開するのを原則としているという。スタッフはアサンジ編集長を含め10人程度と小規模だ。だが、発信された情報は瞬時に世界中を駆けめぐり、絶大な影響を及ぼしている。アサンジによれば、情報が公開されるので、それが正しいかどうかは関係者や専門家が見れば判断できるから、最終的に真実だけが残るという。だが、これは真っ赤な嘘だ。ネット上では虚偽情報が真実のようにまかり通っているのが現実だ。仮に真実だけが残ったとしても、それがすべて公表されてよいというものでもない。元ハッカーの犯罪者が屁理屈をこねて自らの犯罪を合理化しているだけの話だ。
ウィキリークスの手法は従来のメディアのそれとはまったく違う。これまで新聞やテレビなどのジャーナリズムは情報がプライバシーを侵害しないか、公益を害さないか、あるいは国家の安全を損なわないかといった公開に伴う影響を吟味し、必要なら情報を匿名にしたり、場合によっては加工したりして公開してきた。ところが、ウィキリークスの場合、始めに公開ありき、である。昨年4月、米軍ヘリによるイラク民間人の誤射殺害事件(07年発生)の映像を公開し、世界に衝撃を与え、注目されるようになった。そして11月28日、米国の外交公電約25万通を手に入れたとし、その内、1000通を暴露した。その中にはサウジアラビアのアブドラ国王が核開発を阻止するため米政府にイラン攻撃を促す公電や、各国首脳を「気難しい権威主義者」(サルコジ仏大統領)「無能でうぬぼれが強い」(ベルスルコーニ伊首相)「肉のたるんだ老人」(金正日総書記)などと呼ぶ米外交官らによる人物評もあった。あるいはイランが北朝鮮から欧州諸国が射程距離に入る中距離ミサイル「ムスダン」を19基入手し配備した、中国共産党政治局が検索大手ググールのコンピュータ侵入を支持し、工作員と無法集団が連携している、といったものもあった。
確かにこれらは興味深いし、知られた方がいい情報もあるように思われる。だが、情報源の生命を危うくする可能性がある。こうした公電暴露を受けクリントン米国務長官は“弁明外交”を余儀なくされた。フラティニ伊外相は「世界の外交における9・11事件だ。米同時テロが治安状況を一変させたように、外交の構図を変えるだろう」と述べている。それほど同盟国に与えた衝撃は大きかった。日本関連の情報では、米政府が日米で共同開発中のミサイル防衛の次世代型迎撃弾「SM3ブロック2A」の欧州への輸出解禁を日本に求めている文書が暴露された。それで日本政府が武器輸出3原則の見直し作業を進めているのは米国に動かされている、といった批判を招いている。
外交公電の暴露は形をかえた「テロ」だ
これら公電をウィキリークス側に漏洩したのは、ブラッドリー・マニングという米陸軍の上等兵だった。すでに昨年5月、イラクでの誤射映像を暴露した秘密漏洩の容疑で、FBI(米連邦捜査局)と米軍によって逮捕されている。なぜ上等兵という低い階級の一兵士が米公電をリークすることができたのか。それは9・11事件後、米政府は各省庁間の連携不足を解消するためにテロ情報を共有するネットワークを作っていたからだという。マニング上等兵は情報分析の任務についており、そこから国務省の公電を入手することができた。これに対して米国務省は漏洩した公電を本物と認め、暴露前にいち早く各国に「罪のない無数の個人」や「進行中の軍事作戦」を危険にさらす可能性があると警告し、各国に事前連絡して対応を求めた。ウィキリークスが公表したのは(彼らの主張が本当なら)20万通の公電のうち1000通にすぎない。今後、どういう情報暴露が、どういう時期にあるのか、誰も分からない。例えば、ある国の大統領選挙の直前に特定の候補者が不利になる情報が暴露されれば、選挙結果に重大な影響を与える。その意味でウィキリークスは伊外相がいうように「テロ」の一種である。米政府は「米兵や協力者らを危険にさらす」として、アサンジの訴追を検討している。そういう人物を米軍による市民殺害や独裁国家の汚職を暴いたとして賞賛するのは間違っている。ましてやノーベル平和賞候補に推薦するとは倫理観の欠落もはなはだしい。
日本に不足しているのは情報保護と防諜の体制だ
わが国でも政府情報の漏洩事件が起こっている。昨年11月、警視庁公安部の国際テロに関する極秘文書がネット上に流失した。流失したのはイスラム過激派などによる国際テロ対策を担う警視庁公安部外事3課が保管する極秘書類100点以上で、捜査協力者の外国人氏名や連絡先、接触方法のほか捜査対象者の顔写真や旅券番号、米連邦捜査局(FBI)によるテロ対策の研修内容も含まれていた。内部犯行の可能性が高いが、まだ犯人は特定できていない。これら情報流失によって、国際テロを防止できなかったり、捜査協力者の生命を脅かしたりするなど深刻な事態が生じかねない。流出情報が本物として認めれば、外国機関から情報提供を望めず、わが国は情報真空地帯に陥る可能性がある。そのジレンマから警視庁は事実関係を一切明らかにしなかった。だが、名指しされた国内のイスラム教徒の人々が東京地検に告訴し、警視庁が流出を認めて謝罪しデータを削除して被害者の安全を確保するよう申し入れた。うやく昨年12月末、警視庁が内部資料の流出と認めて謝罪したが、関係者の生命と安全が守られるか疑問を残している。
機密保護の法整備、体制作りがわが国ではまったくといってよいほど進んでいない。スパイ防止法(国家機密法)制定や防諜組織作りが焦眉の急だ。国民の生命と財産を守る。それが国家の第一義の使命である。情報分野においてその使命を果たしているか、徹底検証が望まれる。
2011年2月4日


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