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またぞろ「夫婦別姓」法案

思想新聞1998年6月15日号 主張

 またぞろ「夫婦別姓」制を導入しようとする民法「改悪」法案が国会に提出された。提案者は民主党の北村哲男代議士らで、超党派で議員立法での成立を目指し、社民、さきがけ両党も賛成している。自民党内にも賛成者がいる模様で、このままでは夫婦別姓制度が導入されかねない情勢である。

家族の解体に手を貸す民法改悪法案 

 今回、国会に提出された民法「改悪」法案は、いえわゆる選択的夫婦別姓制を導入しようとするもので、結婚の際、夫婦は別姓を選択でき、子供が産まれた際には、その子の姓は父母のどちらかに決めるというものである。また、非摘出子の法定相続分を摘出子と同等にし、また「五年以上の別居」で離婚が可能など、家族解体を安易に行いかねない法案である。 なぜ、このような夫婦別姓制の導入が執拗に図られようとするのだろうか、その動機をわれわれは看過できない。なぜなら、背後に左翼人権学者らが暗躍しているからである。 左翼人権学者らは昭和六十年に批准された「男女差別撤廃条約」を持ち出して夫婦同姓は男女差別であると決めつけている。すなわち「姓名は個人名であり、夫婦同姓は一方の配偶者が改姓を強制されるので憲法十三条の個人の尊厳の保障条項に違反する」と主張するのである。 たしかに結婚した際、女性が旧姓を名乗れず、不利益を被ることがあるかもしれないが、その場合、旧姓を呼称として使用できるようにしておればよいだけのことであって、伝統的な家族観にもとづく戸籍制度を根幹から崩す必然性はなんら存在しない。にもかかわらず、左翼は個人主義・家族解体主義を日本に持ち込もうとしているのである。 言うまでもなく、夫婦は社会の最小の単位の団体であり、したがって統一名称として共通の姓を名乗ることが自然の理である。姓を別にすることは団体としての一体性を否定することにほかならず、外部から見ても夫婦なのか単なる同棲なのか判別しがたく、取引上の困惑はもとより、道徳上もきわめて不自然・不健康的である。 人は個人ではけっして生を得ることはありえず、生まれたときはすべての人が乳児である。したがって個人の尊厳は家庭の基盤の上で存在している。その家庭を破壊するような制度の導入は個人の尊厳を脅かし、憲法十二条の公共の福祉に反するという厳然たる事実を想起しておくべきであろう。

家庭の重要性が認識される時代 

 たしかに中国や韓国では夫婦が別姓であるが、これは漢の時代以来の父権的家族秩序に由来するもので、婚姻を陰陽二元論に基づいて「二姓の好(よしみ)を合わすもの」と捉え、同姓の結婚が避けられたことから生じている。そうした伝統的な家族観を背景に別姓があるのであって、わが国の左翼人権学者が主張するような男女平等・個人の尊厳を根拠とする別姓論とは異質である。 そもそもわが国では、明治以来、同姓をもって夫婦と家族の一体感を培ってきた。イギリスでは夫の姓を名乗ることが妻の権利とされているように、同姓が男女差別・個人の尊厳侵害などと捉えている人は、世界ではほとんどお目に掛かることはあるまい。 いまほど「家庭」が問われているときはない。神戸少年事件やナイフ事件などを通じて「家庭教育」の重要性が浮き彫りにされている。父母と子供の一体感を背景に躾や道徳がそなわっていくとされている。家族の復権が叫ばれているときに、なにをいまさら夫婦別姓制の導入だろうか。

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