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コソボ紛争と世界秩序 中ロ拒否権行使で機能不全の国連安保理

思想新聞 1999年6月25日号 視点論点

「レリジオ・ポリティクス」に立つNATO

外交評論家
 井上 茂信

 ユーゴスラビア・コソボ紛争に関する日本のマスコミ報道には多くの偏見が見られる。第一は、NATO(北大西洋条約機構)軍が国連安保理を迂回した軍事介入が、内政不干渉原則を定めた国連憲章違反だとの主張だ。
 が、中ロによる拒否権発動が確実な安保理に、介入問題をかけることは無意味である。それに、国連での手続きを絶対視する「国連万能論」は、「平和憲法支配論」と同様に非現実的だ。
 国連は全体主義国の概念からソ連を除外し、西側の価値観と全く異なるマルクス・レーニン主義国家のソ連に安保理での拒否権を与え、英米とともに戦後の平和構築に協力させることが可能と考えたルーズベルト大統領の錯覚から出発した。それ故に当初から欠陥を抱えた国際組織であり、コソボのような緊急事態には役に立たなかった。
 ソ連は崩壊したが、台湾に代わり共産中国が常任理事国になることで、安保理は異質の国が同居する呉越同舟の状態のまま。コソボ問題で機能不全となるのは当然のなりゆきだった。米英仏の3国はユダヤ・キリスト教の文化的伝統を持つ有神論の国で、人権を創造主から与えられた「自然権」として絶対視する。マルクス主義と毛沢東思想の中国は唯物論の国であり、人権とは食と秩序を国民に与えることだとし、神の最高の被造物たる人間の「霊性」や自由の尊さを認めない。人権観が全く違うのだ。
 中国は米国を最大の覇権国家とし、自らその一員とみなす第三世界諸国が多数を占める国連を舞台に、米国の孤立化を狙う。中国の国連中心主義はこのような自国の戦略からきたもので、日本の「国連万能論」はこれを支援することになることを認識すべきだ。
 第二は空爆批判。「民族浄化」というおぞましい犯罪行為をやめさせるため、NATOはミロシェビッチ大統領との外交交渉に全力を尽くした。その果ての空爆で、責任は同大統領側にある。これに触れず、「空爆以外に方法はなかったか」というのは、「ないものねだり」の空論だ。旧社会党が湾岸危機でフセイン大統領との話し合いによる解決一本槍の主張で、多国籍軍の軍事行動への批判と同じ「念仏平和論的」な非現実的案である。
 第三は攻撃を受けてもいないNATOが、進んで戦に突入したことへの批判。
 そこで国際政治観を見てみると、まず一つは平和を唱えればひとりでにやってくるという日本人特有の「念仏平和論」。二つは国家間の関係に物理的な力や地政学的要素を認める「ゲオ・ポリティクス」。その特色は価値観や倫理から国際政治を切り離し、将棋の駒を動かすように合従連衡的な政策を進める。その代表がキッシンジャー氏でコソボへの軍事介入を「国益」に無関係な「愚かな戦争」と批判したのも当然だった。三つは「イデオ・ポリティクス」で、国際政治でイデオロギーが果たす役割を重視する戦略。大砲や核兵器では倒せない共産主義に対抗するにはより優れた思想が必要とする「勝共思想」も、この範疇に入る。次は「レリジオ・ポリティクス」。イデオロギーの背景にあるのは宗教という考え方で、その代表がレーガン大統領。彼が共産主義を「悪の帝国」と表現したのは、神はいないとする共産主義者が神となり、平気で同胞を大量虐殺できるからだ。国際政治と宗教は不可分と見るのだ。
 コソボ紛争はまさにレリジオ・ポリティクスだ。英国のブレア首相は同紛争に関し「これは単なる軍事紛争ではない。善と悪、文明と蛮行、民主主義と独裁制との戦いだ」と述べた。ミロシェビッチの「民族浄化」という狂気は身の毛もよだつものであり、直接自国の安全を脅かさずとも、人権と民主主義という普遍的価値への不敵な挑戦であった。
 国連安保理の決議により設立された国際戦犯法廷も同大統領を「人道に対する罪」で起訴。だが、安保理が拒否権で具体的に行動できなかったことは国連の限界を示した。こうして、人権擁護は国連憲章の内政不干渉規定を超えると見なし、NATOは19カ国の全会一致の決定で行動を起こした。国連の手続き上の「合法性」よりも、緊急措置としての「正当性」を選んだ。
 ソラナNATO事務総長は「ワシントンタイムズ」紙に、「冷戦が終わり、グローバリズムが広がっている。安全保障の概念も経済、社会問題とともに人道主義が含まれなければならない」と寄稿している。
 新しい世界秩序構築の基礎として「創造主から与えられた人権は国の主権を越える」という「レリジオ・ポリティクス」の立場にNATOは立った。新しい国際慣行が生まれたのだ。
「国連信仰」の強い日本はNATOの行動に「理解」を示しただけだが、第2次大戦の「負の遺産」を持つドイツは、「歴史に責任を負うゆえに民族追放に目を閉ざしてはならない」(シュレーダー首相)と空爆に参加。
 21世紀へ向けた国際秩序の樹立には各国の責任分担が必要だ。民主主義、人権という普遍的価値を国際平和の基礎とするには、日本も「一国平和主義」にとどまってはならない。

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