思想新聞2001年1月15日号【ニューススコープ】
21世紀を目前に行われた米国の大統領選挙の混迷は、冷戦後唯一の超大国のリーダーシップの正統性を著しく傷つけた。しかし、今回の事態は、開票直後の民主党側からの訴えによる混乱に関し、事の真相が著しく歪められて報道されたことに起因している点も指摘しておかなければなるまい。そこで先々月の投票日から先月13日夜のゴア氏の敗北声明発表までの、フロリダ州再集計を中心とした米国のテレビ・ジャーナリズムの問題点について、いまやグローバル・メディアと化したCNNの報道を例にとってその問題点について論じてみたい。
今回の開票結果をめぐる混乱は、史上まれにみるブッシュ、ゴア両候補の大統領選そのものの接戦に端を発していることは疑いない。しかし、開票直後からの混乱終息に5週間以上を要したのは、ゴア候補を中心とした民主党側の理不尽な要求にその原因の大半があることは指摘しておかなければなるまい。
にもかかわらず、ゴア批判のコメントはCNNのキャスターや専属の政治評論家の口からは全く発せられなかった。むしろゴア陣営が一貫して主張した「投票は最後の一票まで集計されるべき」との、一見何人も反対できぬ“正論”に沿う番組を構成・進行し、同様のコメントを繰り返し放映したのはCNNだった。
左翼的価値観まき散らすCNN
CNNは、放送開始から20年を経て、今や米国内にとどまらずロンドン、ベルリン、香港など世界各地を結び文字通り地球規模のニュース番組を「CNNワールド・ニュース」と題し、一日に何回も放送している。湾岸戦争報道等の世界の様々な事件をリアルタイムで放送し、地球全体の様々な出来事についての情報をテレビ画面を通じて全世界の各家庭に送り込む代表的なテレビ・ネットワークなのである。
しかし、どの事件を取材し放送するかという素材選択の時点で、すでに放送局側の価値判断が下され、番組制作の方向性や、それらを描写・解説するコメントには、さらに放送局の価値観が色濃く影を落すことになる。
連邦全体の得票総数で勝っているという事実と、フロリダでの得票差がかつてない僅差であるという状況をふまえ、あらゆる手段を用いて投票終了後に票を掘り起こして、ブッシュ知事を逆転しようとしたゴア陣営の卑劣な試みに対し、「ゴア陣営は、集計機に弾き飛ばされた票を『再集計』しているのではない。彼らは自分たちの都合の良い“基準”を新たに設け、新しく票を『造り出している』」とのブッシュ側からの訴えは、ゴア陣営の主張が繰り返し報道されるのに比べ、あまりに地味に扱われた。
一方、CNNのニュース・キャスターたちは、フロリダ州の再集計関連のニュース原稿を読んだ後、ほとんど例外なく何らかの形で、「全ての票を集計すべきだ」というゴア陣営の主張を当然の訴えとでも見なすようなコメントを加え続けた。
こうした報道が続けば、連邦最高裁が下した判断も、それが正しい判断かどうかということよりも「5対4」という連邦最高裁内の共和・民主両派寄りの判事による党派的判断の反映でしかないという偏った評価が定着することになってしまう危険性があった。
しかし幸い、今回の再集計に関する裁判で連邦最高裁は、法廷内へのテレビの持ち込みや同時中継こそ認めなかったものの、法廷内でのブッシュ・ゴア両陣営の代理人である弁護士と判事とのやり取りを録音し、弁論終了とほぼ同時に全米の報道機関に提供し、その内容を放送することを認めたのである。
口頭弁論終了直後、最高裁から録音素材の提供を受けた米国の各局は、静止画像や法廷内のやりとりを描写したイラストで構成した画面に音声を添え、裁判を再現した番組をそれぞれ放送した。
と同時に、メディアの中には自社のインターネット上のホームページに最高裁判事と各陣営の弁護士とのやり取りを詳細に再現した議事録を収録したのもあった。さらに、最高裁は両者の主張を聴いた後に判決を下したが、その判決内容を発表と同時にワシントン在住の取材陣に配布しただけでなく、米国最高裁のホームページにアクセスすると、世界のどこでも瞬時に同様の判決文を入手できるように対応した。
こうして裁判の経緯がほとんど同時進行で報じられたことで、今回の開票をめぐる判決について、事の本質を見極めることのできる人たちには、ゴア陣営の主張に無理があるということが判断できる材料が提供されたのである。
ゴア敗訴を決定づけた1シーン
これを雄弁に示すのが、最高裁が公開した連邦最高裁判事とゴア陣営のボイズ弁護士との次のやり取りだ。判事はボイズ弁護士に対し、「民主党の主張するようにフロリダ州全体の再集計を実施するとして、その際全州をカバーするような統一的な基準はあるのか」と質問した。
これに対し、独占禁止法をめぐる裁判で司法省の代理人としてマイクロソフト社の分割の判決を勝ち取ったことで知られる辣腕のボイズ弁護士が、一瞬絶句し答えに窮した。数秒間の沈黙の後、同弁護士は「それは答えるのに実に難しい質問です」と答えたが、これまで自信満々にあらゆる局面を驚異的な記憶力と、巧妙な弁舌で乗り切ってきた同弁護士から最も似つかわしくない答えが発せられたため、法廷内がその意外な答えに驚きとも失望ともつかないざわめきに包まれた様が、それが全米に放送されることになったのだ。
このやり取りこそ、今回の再集計裁判の分水嶺となったと見てよいと考えられるが、残念ながらCNNの報道を見る限りでは、このやり取りによって明らかになったゴア陣営の主張の不当性を問題にするようなコメントは聞けなかった。
ところで今回の大統領選挙で、選挙戦の最中からインターネットを両候補が本格的に利用しただけでなく、その取材に際しても、さらにフロリダ州の再集計問題に決着をつけた裁判のプロセスにおいてもインターネットが大きな役割を果たすことになった。
フロリダ州において再集計をめぐる混乱が生じて以来、ケーブルテレビでCNNの特別報道番組を通じ、許す限り事の顛末をウォッチして、米国のメディアの報道の問題点や、現在米国において国民の尊敬を受け、最高の権威をもつといわれる米国最高裁の判事たち、ことにクリントン大統領に任命された民主党系とみられた判事たちの常識はずれの、あまりに党派的な見解に驚かされた。
今回、CNNの番組を大統領選報道という一つのテーマで追い続けると、米国のメディアにも自民党政権を一方的に悪と決めつけて報道し、論評するわが国のニュース番組やワイドショーに似た傾向があることを痛感させられた。
このように、左傾化した「メディア・エリート」によるバイアスのかかった番組が、ニュースという一見客観性を装ったかたちで、24時間地球全体をカバーし放送され続けているということは、極めて深刻な事態といわざるを得ない。
テレビは、インターネットに比べればローテク・メディアだが、その影響力は映像を伴う分、時により破壊的になることを考慮すれば、視聴者側の報道を読み解く力、いわゆる「メディア・リテラシー」の力を高めることが急務であろう。


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