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自衛隊創設50年 岐路に立つ防衛政策 「九条体制」の限界露呈

思想新聞2004年2月1日【ニューススコープ】

抜本改革へ決断が不可欠

 今年は自衛隊が創設されて50年の節目の年になる。折しもイラク特措法に基づいて自衛隊にイラク派遣命令が下され、1月19日は陸上自衛隊の先遣隊がイラクのサマラに入った。これは自衛隊初の海外派遣から12年目になるが、国際貢献ひとつとっても自衛隊の役割が一段と大きくなってきたことを意味している。だが、自衛隊は国際貢献のみならず本来の任務である国防においてもその役割が一層高まっているにもかかわらず、憲法九条体制と呼ばれる制約で手かせ足かせの状況に置かれている。防衛政策は大きな岐路に立たされていると言えよう。

 政府は昨年12月、安全保障会議を開きミサイル防衛(MD)システムの導入を決定した。同時に従来の着上陸侵攻に対応する正面装備の縮小などを進める新た防衛政策づくりにも着手し、今年末までに「新防衛計画大綱」とそれに基づく中期防衛力整備計画を策定することも決めた。これは「新たな脅威」から我が国の平和と安全を守るためには不可欠な選択といえるだろう。
 明らかに日本を取り巻く情勢は変化しているからだ。米国のブッシュ大統領が再三、警告しているように、ポスト冷戦時代の今日、大国同士が対峙して緊張が高まることよりも、国際テロ集団や「ならず者国家」が世界の平和を脅かす可能性の方がはるかに高い。これが「新たな脅威」(平成15年版防衛白書)にほかならない。その筆頭格が北朝鮮である。北朝鮮は核開発を公然と推進し、日本全土を射程に入れるノドン・ミサイルを130基以上も配備するなど、日本の安全を著しく脅かしている。
 だから旧ソ連を「仮想敵」に据える旧来の防衛政策はもはや通用しない。最初の「防衛大綱」は76年、三木内閣がデタントブーム時代に作ったもので「平和時において保有する防衛力の水準」という有事ではなく平和時を想定する脱脅威論に立っていた。次いで95年、自社さ連立内閣が作った「新防衛大綱」は「限定的小規模」侵略への「独力排除」すら削除して陸上自衛隊の2万人削減を決めるなど、「はじめに削減ありき」の支離滅裂な防衛政策だった。
 こうした平和ボケから脱皮して「新たな脅威」から日本の平和と安全をどう守り抜くか、それが今度の「防衛大綱」の大きな課題となる。政府が決定したMDを効果的に運用するにも従来の防衛政策の根本的転換が必要不可欠となる。

武器輸出三原則の見直しが必要

 従来の「抑止概念」では、日米安保条約によって米国が持つ核抑止力が有効に機能し、他国は日本にミサイルを撃ち込めないというものだった。だが、現在、この概念が通用しないことは米国自身が言明している。だからこそ米国はMDの促進を同盟国に呼びかけているのだ。「抑止が効かない冒険主義国に対してはミサイル防衛は一つの選択肢」(石破防衛庁長官)にならざるを得ないわけである。
 ミサイル防衛は早期警戒衛星で弾道ミサイルの発射を探知し、これを迎撃ミサイルなどで撃ち落としてわが国の安全を確保しようというもので、きわめて専守防衛的である。しかし、これを真に実効性あるものにするには、現在の防衛政策を転換しなければならない。この課題を見据えておく必要がある。
 第一に、MD開発に米国は日本の技術を求めており、そうなれば「武器輸出三原則」の見直しが不可欠となる。
 日米両国は現在、MDの共同研究を行っている。飛来するミサイルを完璧に撃破するためには日本の優秀な技術も動員しなければならないからだ。MDに日本の高度技術を生かし、研究から具体的配備へと移行させた場合、当然、そうした行為は「部品」を米国に輸出したとして「武器輸出三原則」に抵触すると解釈されている。
 「武器輸出三原則」は67年に佐藤内閣が打ち出したもので①共産圏②国連決議による輸出禁止国③紛争当事国や恐れのある国・・への輸出を禁じたものだ。だが、日本の平和と安全を守るための武器輸出は想定しておらず、厳密に言えば、日本を守るMD配備のための武器輸出は原則から逸脱しているとは言えない。
 しかし、不毛な論議を封じ込めるために三原則を見直し、「自国の安全保障のための輸出は行える」としておくことが望ましい。同時に今年一月、石破防衛庁長官が問題提起したように、旧式の護衛艦や武器を友好国に輸出できるように三原則を見直した方が財政的にも友好諸国の拡大にも、そして日本の安全保障を確固たるものにするにも望ましいことだ。安易な武器悪論から脱却する必要がある。

集団的自衛行使も認めるべき

 MDが迫る防衛政策の転換はこればかりでない。
 第二に、集団的自衛権行使を違憲とする政府解釈を改めることも必要となる。
 なぜなら北朝鮮からミサイルが飛来する場合、ミサイル発射を探知し迎撃するまでの時間はわずか数分しかなく、そのミサイルが米国向けか日本向けかの判断はきわめて難しいとされているからだ。だから目標に関係なく日本列島に向けてミサイルが発射されれば、即座に迎撃できる態勢を作っておかねば有効な防衛網を築くことができない。それに米国向けの迎撃を集団的自衛権行使で違憲として禁止し、ミサイルが米国に飛んでいくのを黙って見過ごせば日米同盟が機能するはずがない。
 そもそもMDは日本単独で運用されるのではない。米国は世界的規模で展開しようとしており当然、日米同盟で運用されるものだ。だから日米同盟下のMDを想定しない限り、効果的な運用はできず、それには国際法の見解に基づき、集団的自衛権行使を合憲とする明確な政府解釈を提示しておかねばならない。集団的自衛権行使は国際法上、認められた国家の自衛権の一つである。
 また国際貢献を推進するためには武器使用についての憲法解釈も転換しなければならない。九条に記されている「武力行使禁止」とは「国権の発動として国家の利益を追求する武力行使」であると解釈されているにも関わらず、これを「国際公共利益を実現するための武力行使」にも拡大解釈し、何が何でも「武力行使」は禁止されているとする「武力は全て悪」論に陥っている。そこからイラク派遣の自衛隊も国際社会で物笑いの種になっている異常な制限を設けられ、自らの安全すら脅かされているのだ。
 集団的自衛権行使を認めるように、国際貢献における「武力行使」を認める憲法解釈に転換しない限り、わが国の国際貢献は常にハンディを背負ったままの半人前の国際貢献に終わってしまう。九条解釈の転換(本質的には改憲)を行って国際社会に通用する貢献体制を整備すべきである。
 さらに第三には「専守防衛」策の見直しも考慮されるべきである。MDを真に抑止力あらしめるには、ミサイルが発射され日本を目指して飛来してから迎撃態勢に入るよりも、発射準備に入った段階でミサイル基地を叩く攻撃能力と意思を持ちあせている方がはるかに抑止が効く。
 そして未だ整備されていないスパイ防止法を制定するなどなど、わが国の平和と安全を守らねばならない。自衛隊創設50年を経て、日本の防衛政策は抜本転換が迫られている。そうした方向性を視野に入れて「新防衛構想」を作成しなければならない。その決断を下す時がきた。

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