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8 宮本議長の巻 「アンチ天皇」を叫ぶ恍惚マルキストの退場

思想新聞 平成9年(1997年)1月15日号

Q–宮本顕治議長に「異変」が生じているのでしょうか、『赤旗』元日号に恒例の宮本議長の長大なインタビュー記事が載りませんでしたね。

A–
そうです。昨年末にすでにこのことをキャッチした各紙が報じています。朝日(12月29日号)は「宮本議長の元日記事載らず」との見出しで、不破委員長らに「実質的な権限委譲が徐々に進められている」と解説しています。なにせ66年以来、30年間にわたって、元日号は宮本議長のインタビュー記事がトップを飾っていました。96年元日号は1面全面使って掲載し、さらに4・5面見開きで続きを展開しています。宮本議長にとって「共産党の顔は俺だ」という、まさに檜舞台でしたからね。

Q–それだけに不掲載はたしかにニュースですね。宮本議長はお隣りの中国の「最高指導者」のように病床にでもあるのですか。

A–その点は不明です。しかし12月中旬に開かれた第6回中央委員会総会には出席して冒頭発言を行っていましたから、お隣りの人ほどではないのでしょう。だが、この冒頭発言もそうですが、最近は中身のある話を長くできる状態ではないようです。

Q–『赤旗』元日号はインタビュー記事は載っていませんが、「新春随想」として宮本議長の記事が載っていました。

宮本議長のインタビューが姿を消し、1面で随想が紹介されただけの『赤旗』(1月1日付)


A–1面ではなく、2面の左肩に6段組みの囲み記事として掲載されています。いかにも寂しいですね。それに中身をみると、本人が二言三言したのを記者がまとめ上げたという書き方で、本人がすべて書いた(語った)とはとても思えません。ただ宮本議長らしさは見事に出ていますよ。

Q–らしさ、とはどういうことですか。

A–この随想はペルー人質事件を取り上げたものです。といっても、その大半は天皇批判に終始しているのが特徴です。タイトル自体に「天皇誕生日を『ナショナル・デー』とする時代錯誤」とあるように、筆の矛先はゲリラに向かわず、事件の舞台となった天皇誕生日のパーティーに向けられています。この随筆の結論として宮本議長は「(事件が)どのような結末になろうとも天皇誕生日を『ナショナル・デー』と平然として押し出しているやり方は、あらゆる点で今後許されなくなるだろう。そのことが、こんどの事件の教えているところではないか」と言っています。

Q–なるほど、たしかに宮本議長らしい結論ですね。朝日の社説にも見られなかった共産党らしさが見事に言いあらわされているようですね。

A–宮本議長にとって事件の憤りはゲリラのテロに対してではありません。日本大使館が天皇誕生日に公邸に招待客を招いていることに怒っているのです。「パーティーを主催した当局者の頭脳が問われる番である」とまで言い切っているほどです。大衆政党を装いたい不破委員長や上田副委員長ら<軟弱派>への当てつけかもしれませんね。


Q–いずれにしても宮本議長は消えていく人になるのでしょうか。

A–年齢には勝てないでしょう。宮本議長ふうに言えば、それが科学的な歴史の法則です。新春随筆はアンチ天皇の恍惚的な共産主義者の最後屁といったところでしょうか。

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