【思想新聞2004年6月1日号】 視点論点
地球的規模で深刻な水資源
メコン河開発で支援不可欠
元中央大学教授
長谷山崇彦氏
21世紀は資源と環境が地球規模で深刻な問題だが、ODA(政府開発援助)はこれを守るために活用されるべきだ。とりわけ注目されるのが水資源で、やがて水紛争が起こるとさえ言われている。
昨年は国連世界淡水年で、第3回世界水フォーラムが関西で開かれた。1992年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた第一回地球サミットで最大の問題になったのが大気中に排出される二酸化炭素の増加だ。2002年の第二回地球サミットでは、それに水資源の問題が加わった。国連は2025年には45カ国が深刻な水不足になると予測している。
80年代中頃、私が上級研究員として派遣されたワシントンの国際食糧政策研究所では既に水問題が話題だった。同じビルにあるワールド・ウオッチ研究所のレスター・ブラウン所長を訪ねると、これから水資源が世界の問題になると予見していた。
降雨量の多い日本は水不足にならないと思いがちだが、それは大きな間違い。専門家の推計では、日本は国内の水の消費量の1.5倍を使って生産された農産物を海外から輸入している。もし海外で水不足のため農業生産が衰退すれば、日本の食糧安全保障は危機に瀕する。
日本の食糧自給率はカロリーベースで40%を、穀物は30%を切る。日本の米の生産量は約1千万トンだが、その3.5倍の穀物を主に米国から輸入する。ほとんどが飼料用トウモロコシなど粗粒穀物と小麦。これが輸入できなくなると大変だ。
米国もこのままでは農業用水が不足する。多くは数百年前に溜まった地下水で、再び溜まるには長い歳月がかかる。米国で水不足から日本に輸出する穀物が十分に生産できなくなれば、日本の食糧安保が崩壊するばかりか、「世界の食糧庫」米国の穀物に頼る世界の多くの国が大変なことになる。
今、アジアで水問題が最も深刻な中国は昨年、「南水北調」という大規模な水利工事を始めた。長江と黄河の間に運河を開き、豊富な南部の水を不足する北部の北京などに供給する遠大な計画。2010年には北京に水が供給される予定だが、完成は2050年。日本はじめ先進各国の多額の投資で急成長を遂げる中国も、工業生産には水が要る。中国から日本が輸入する食料は毎年増えている。中国が水不足で農業生産と工業生産が停滞すれば、日本経済は打撃を受ける。
インドは世界の16.3%の人口を、世界の2.5%の国土と4%の水資源で養うという、厳しい条件下にある。現在の水使用量は、利用可能な水資源の約60%で、全体的には特に深刻ではないが、このまま人口増と経済成長が続くと、今世紀半ばには、水需要量が利用可能な水の供給量を超えると予測される。
さらにインドは降雨量の変動が大きく、降雨の大部分は短い雨期に集中し、乾期には水不足に陥る。また地域格差も大きく、水資源の60%は、東北部を流れるガンジス河等に集中するが、これら河川流域は、国土の30%にすぎない。
インドの水需要は、食糧生産のため農業用需要が最大の比率を占める。もし水資源の限界のため食糧増産ができず、人口増加と経済発展で食糧が不足する場合、過去と同様に主に米国からの輸入でまかなわねばならない。こうした事情は中国と同じだ。
現在、中印両国は食糧は自給可能だが、世界の穀物供給源である米国の穀倉地帯が、前述のように水資源不足で限界に達する恐れがあるため、将来に大きな不安を抱えている。
地球規模の水不足に対応するには、節水技術の普及を図り、新たな水資源の開発が必要だ。そこで注目されるのが東南アジア最大の国際河川、メコン河。この流域には中国、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナム、タイがあり、まだ開発がそれほど進んでいない。水量は日本の全河川の水量を超えるほど豊かで、アジアの水問題解決にかなり貢献できる。
メコン河の水を有効利用すると、タイを凌駕する穀物生産が可能で、アジア最大の穀倉地帯になる。また水力発電で大工業地帯を造ることも可能だ。そこでメコン河の「持続可能な開発」を提唱する。
70年代、国連政府間機関としてメコン開発委員会(MC)があり、計画は作られたがベトナム戦争で機能せず、戦後メコン河委員会(MRC)ができ、日本からも委員長を派遣している。委員会では流域の環境を破壊せず、持続可能な開発を行うよう各国間調整を行うが、自国で自由に開発したい上流の中国は入っていない。既に上流にダムを建設し、計画中のダムが15もある。これが完成すると、中国の全電力消費の20%を供給できる。下流でラオスが電力をタイに売っているように輸出で外貨獲得を狙う。
上流に多くのダムができるとメコン河漁業に依存する下流のラオス、カンボジア、ベトナム、タイは魚の回遊が阻害され大打撃を受ける。早く中国を委員会に入れ、各国の利害を調整しなければメコン河の望ましい開発は実現しない。メコン河開発には日本の貢献が期待されている。流域国は中国を除き昔から親日的な国ばかりで、開発は各国との友好関係をさらに強めることになる。
中央大で昨年開いた国際セミナーでは、MRC委員長を務めた元農水省幹部や、中・印・タイの専門家に加えルーマニア大使館参事官にドナウ河の事例を報告してもらった。
レスター・ブラウン博士は、人口増大に応える動物性タンパク質として、海洋漁業は期待できず、牧畜も牧草地が限界に達すると警告し、急速に伸びる養殖漁業が将来の目玉になると予見している。メコン河は養殖漁業でも重要だ。栄養分は利根川の数十倍もあり、農業と養殖に向く。アジア諸国は今、日本への輸出向けにエビなど養殖しているが、国内消費も次第に増えている。


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