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File-56 「相続財産」としての権利の真意

具体的現実的な家族的紐帯の延長としての国家

思想新聞2002年5月15日 共産主義は間違っている!!

摩訶不思議な「人権真理教」国・ニッポン 10

国柄とは切り離せない権利

「普遍性」vs「固有性」の対立

Q エドマンド・バークの言おうとしていることがなんとなくわかるような気がします。ということはつまり、フランス革命の「人権宣言」が、非歴史的・抽象的でいわば「普遍性」を強調しているのに対し、バークの論旨は、歴史的・具体的で、民族・国家の「固有性」を強調している、とでも言えるのでしょうか。

 まさにその通りです。八木秀次・高崎経済大助教授による近著『明治憲法の思想』(PHP新書)でも紹介しているのですが、かつて憲法制定を期して訪独した伊藤博文がベルリン大学教授ルドルフ・フォン・グナイストに憲法制度の講義を依頼した際に次のように言われたそうです。
「憲法は法文ではない。精神であり、国家の能力である。私はドイツ人であり、ドイツや欧州のことなら知っているが、日本のことは知らない。日本の今日までの君民の実体、そして風俗・人情、過去の歴史を明瞭に説明してくれ。それについて考えて、意見は言えるが、貴君の憲法編纂の根拠になるかはわからない」と。
 伊藤はこれを人種的偏見に満ちた冷淡な態度と受け取ったようですが、実際のところ、グナイストのようなドイツの歴史学派でなくとも、ことほどさように「国柄」というのは、重要なことであると言えると思います。もちろん、歴史学派的な「固有性」の強調は、ややもすると「中華思想」などの「エスノセントリズム」(自民族中心主義)や帝国主義的な政策・価値観をある意味で正当化してしまうような印象があるかもしれません。しかもそれは、近代的な「国民国家」の中の法に言及する場合であって、とくに「国家」とは言えないような紛争地域や、常に国際法的な観点で対処しなければならない場合などは、どうするのかと。
 しかし、それらを十分に考慮しても、現在の私たちは、父祖、祖先に連なっていることは間違いありません。

無機的唯物主義の対局にある「国柄」

 バークは「自由や権利は祖先から自分を経て子孫に受け伝えていく世襲のもの」と捉え、次のように述べています。
「マグナ・カルタから権利の章典に至るまで、我々の自由を、祖先から我々に引き継がれ、そして子孫へと引き継がれるべき、限嗣世襲財産として、また、もっと一般的または優先的な他のいかなる権利にいささかの関係もなく、この王国の人民に特に属する財産として、要求し主張するのが、我々の国家構造の不変の方針であった。……世襲を踏むことにより、我々は、自分たちの政治の骨組みに、血のつながりという姿を与えたのであって、我々の国の国家構造を最も親愛的な家族的絆に結びつけ、我々の基本法を我々の家族的愛情の奥底に取り入れ、我々の国家と家庭と墓地と祭壇とを不可分に保持し、それらすべての、結合し相互に反映した慈愛の暖かさをもって、いつくしんできたのである」(『フランス革命についての省察』)
 こうしてみるとわかるように、帝国主義的な簒奪を正当化するための理屈付けでは決してないということは明らかでしょう。少なくともここに、「名誉革命」のような無血革命が成功した英国の「国柄」というものがあると言えるのです。その精神は、「古き良きアメリカ」のそれとして米国にも受け継がれているような気がします。
 そして逆に、こうした精神の対局にあるものこそ、共産主義的な無機的で唯物論的な世界観ではないでしょうか。

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