思想新聞2003年11月15日号 共産主義は間違っている!!
マルクス主義とK・ポパーの哲学 2
マルクス主義は「科学」僭称する「疑似科学」
「反証可能性」に抵触
Q カール・ポパーのマルクス主義批判とは具体的にはどういうものでしょうか。

A 最初に断ったように、ポパーの哲学は、西欧においてはしばしば「ニュー・マルクシズム」とも呼ばれはします。ですが、ポパーがマルクス主義に呵責なき批判を加えるゆえんは、大まかに言って三つあると言えるでしょう。まず第一に、マルクス主義が「科学(的社会主義)を僭称した」ということです。
第二に、マルクス主義はファシズムと同じく、「全体主義」である、と喝破した点です。
そして第三には、マルクスが自ら「弁証法的唯物論」と称したように、唯物論である点です。
「科学哲学」とは、「科学とはそもそも何か」という問いを発し、その問いに答え続ける哲学です。ポパーはその「科学哲学」という分野を切り拓いた人物ですが、彼が科学を分析する「批判的合理主義」の立場にあって、唯物論を批判したということは極めて画期的な「事件」でした。というのも、科学的真理を突き詰めることは、宗教的神秘的なベールが引き剥がされ、「数量化された実体」ばかりが露わにされるという信念、つまり科学と宗教は対立し相容れないものだという「宗教裁判」以来の観念が、「進歩的インテリ層」に浸透していたからです。
と同時にポパーは「決定論対非決定論」という現代的な課題に切り込んだ先駆的猛者とも言えます。
さて、科学哲学からすると「科学的社会主義」を標榜するマルクス主義は、「疑似科学であって、科学ではない」ということになります。
科学か科学ではないかを判断する基準としてポパーは、「反証可能性」を挙げています。
この「反証可能性」という「武器」によって、「疑似科学」の烙印を押されたのは、何もマルクス主義ばかりではありません。フロイトによる精神分析学も、そのそしりを免れない、というのです。そしてチャールズ・ダーウィンによる進化論もまた科学としては認められない、ということになります。
ではこの「反証可能性」とはどういうものでしょうか。ポパーは「反証可能性」の基準を次のように定めています。
①確証を求めるなら、ほとんど全ての理論についてたやすくその事例を得ることができる。
②確証は反駁(反証)の危険性を伴なう予測結果である場合に限られる。
③「よい」科学理論は全て禁止である。それはある種の出来事が起こることを禁ずる。
④考え得るいかなる出来事によっても反駁できないような理論は、科学的理論とは言えず、反駁不能というのは理論の長所ではなく欠点である。
⑤理論の本当のテストは、いずれも理論を反証、反駁しようとする試み。
⑥このようなテストの結果であるときにのみ確証の証拠とすることができる。
⑦こうしたテスト可能な理論の中には、偽であることが判明した場合でも、補助的な仮説を導入し、当の理論を解釈したりして、便宜的戦術によって破綻を免れようとするが、その代償は科学的身分の喪失である。
このうち、特にマルクス主義に当てはまるのは、⑦だということです。
ポパーが科学的事例として挙げるのがアインシュタインの相対性理論ですが、相対性理論の場合、その理論に反する現象が一例でも現れれば、「反証された」ということになります。しかし疑似科学の場合、具体的反証事例が挙げられないというのです。つまり疑似科学は事例を説明するために補助的仮説を「大量生産」してしまうからだ、というわけです。
そしてポパーは、マルクス主義の大きな誤謬が、「歴史法則主義」だと述べています。つまり、原始共産社会から階級社会、ブルジョワとプロレタリアの階級闘争の果てのプロレタリア革命を経てユートピア的共産社会が出現すると断じた「唯物史観」は、「決定論」だということになります。


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