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東西文明を和す日本の世界的使命 新・勝共運動の推進を宣言

思想新聞 2000年2月5日号

「新世紀を考える」講演要旨

世界平和連合会長 大塚 克己

 新ミレニアム(千年紀)の幕開けの1月19日、21世紀の進路を探ろうと「新春有識者の集い」が東京で開催され、大塚克己・世界平和連合会長が「新世紀を考える」と題して講演した(1月25日付・既報)。その中で大塚会長は、新・勝共運動の推進を宣言。また、日本の世界的使命を語った。講演要旨を以下に紹介する。

今、新しい千年紀の出発に当たって、少し歴史を振り返って、お話してみたいと思います。今、私たちが享受している文明のルーツをたどれば古代エジプトまでいく。エジプトに発生した文明は発展を遂げ、エジプトにとどまらずエーゲ海に、やがてギリシャ、ローマを経てフランスに伝わり、ヨーロッパを席巻しイギリスに到達しました。

 西進し続けてきたキリスト教文明

 しかし、イギリスにとどまることなく、大西洋の荒波を越えてアメリカに伝わった。途中、キリスト教という新しい信仰運動が、パレスチナの地に発生し、そのキリスト教も発生以来、一目散に西へ西へと発展していった。
 もし、キリスト教が東方へインドや中国、韓国、日本に伝わっていたならば、どのように歴史が変わっただろうかと、私はいつも考えるものです。ちなみにお釈迦様の教えは、日本にとどくまで毎年4.6キロメートルずつ伝播してまいりましたが、キリスト教はそれ以上のスピードで、エジプト文明とともに西に西にと流れてきたのです。
 米大陸の東に到達した文明は、そのまますぐに大陸を西に西にと伝わり、やがて西海岸から太平洋に伝わった。19世紀から20世紀にかけてアメリカの強大な力は、南太平洋の島々を渡りながら、このアジアの地に流れ込んで来た。そのような文明が、この日本を舞台として大きく花開いた。日本は東洋と西洋の真ん中にある国として、東洋と西洋の文明の和合の中心として、大きく発展をするに至ったのです。
 まさに20世紀は、そのような意味でアメリカの世紀でもあり日本の世紀でもあったのです。しかしながら、このような文明の巨大な流れというものは、日本に押しとどめることなく、やがてお隣の韓国に伝わり、そして中国に伝わっていくことでしょう。
 中国も現在は沿岸部のみの開発が主になされているが、昨年末に中国政府は中国の内陸部の開発を決定した。その波は、アジアの中心部、いわゆるハートランドに伝わっていくようになっている。このような文明の流れの中で、さまざまな問題が起きて2000年という時が流れてきました。
 それらの問題の本質を見てみると、結局のところ究極存在をどのように考えるかというところに行き着くのではないでしょうか。宇宙の究極をどのように受け止めるかが、理念、思想の形を決め、それが現実的な政治における政策となり、国家の形態となってきたからと思われるからです。

 究極存在を取り違えた共産主義

 一番分かりやすい例が、共産主義です。宇宙の究極は物質であるとしたところから始まったがゆえに、物に最大の価値をおき、経済的な活動に一番の重点を置く。人間は物質の延長であり、サルの延長であり、粛清の対象としてどのように殺してもいいのだという乱暴な理念のもとに、1億6千万ともいわれる人々が犠牲になってきたのです。
 マルクスやレーニンは精神と肉体、心と物の関係を正しく理解することができず、宇宙の究極の捉え方を大きく踏み外し、間違ったがゆえに人類に多大な被害を与えてきたわけです。
 もう一例を挙げますと、これはキリスト教にとって大きな問題ですが、神様を「父なる神」として父親としてのみ捉えたために、それ以後、さまざまな問題が派生してきた。とりわけ、アメリカは1940年代、50年代を通じて神学界を震撼させる大きな揺さぶりを経験しました。
 すなわち、神様が父でありイエス様が男性であるならば、男性が最も尊い存在であり、女性は単なる付属物なのか、といった女流神学者たちの批判です。はたして神は父だけなのか、母的な側面はないのかという問いかけを心の中に持ちながらも、キリスト教神学はそれに答えることができませんでした。そこで新しい神学、女性解放の神学を形成するに至ったのです。その女性解放の神学はやがて女性解放運動、ウーマンリブ運動となりアメリカの地を焼き尽くし、この日本、ヨーロッパにまでその手を伸ばしていったのです。

 性的堕落による米国の家庭崩壊

 ではいったい、女性は何から解放されなければならないのか、という問いかけに対して女流神学者たち、女性解放運動家たちは女性は二つのことから解放されなければならないと考えました。
 その第一番目は、家事からの解放です。なぜ、女性だけが料理を作り皿洗いをしなければならないのかというわけです。おりしも、アメリカで発明された洗濯機、自動皿洗い機、電子オーブンなどで、家事が変化を遂げ、女性が多くの時間を持つに至ったのです。やがて、その時間をどのように使うか、女性の対社会進出が進みました。
 もう一つは、女性は旧来の性道徳から解放されなければならないというものです。伝統的な旧来の女性にのみ貞操を求める価値観から解放されなければならないというわけです。
 こうして女性が社会に出ていき、やがて他の男性と付き合い、家庭をないがしろにし始めると、家庭がもろくも崩れ去った。アメリカの家庭崩壊は大変な状況に陥り、10代の子供が100万人も妊娠し、その半分が子供を産む。ニューヨークの高等学校には託児所が出来上がる。アメリカ中で家庭の崩壊、片親、10代の子供が子供を産むという悲惨な現状になりました。
 政府が一家庭当たり10万ドルの政府支援をし、さまざまな手配・援助をしたが、家庭の崩壊をとどめることはできず、10代の親から生まれた子供はやはり10代で子供を産むようになり、こうした状況はすでに三世代にまで至っています。
 結局、母親の自覚がないままに子供が産まれてくるので、充分に子供を愛することができない。育児ストレスから逃げるために、アルコールを飲み、やがて麻薬を吸うようになり、どんどん社会的犯罪が拡大していったのです。
 これも、もとをたどっていけば、結局、究極存在が男性格である一点にぶちあたるのです。では、どのようにこれを考え、整理していかなければならないのか、これは重大問題と言わざるを得ません。キリスト教2000年の歴史をかけて、究極存在をどのように考えるかは、簡単にはいかない問題なのです。
 男性格とのみ捉えたことによるさまざまな弊害に対して、問題を解決すべくいま、日本の数多くの識者の方々が、東洋的・アジア的・日本的な考え方に目をむけています。すなわち、東洋の最も根本である陰陽思想、陰陽の調和、男性格、女性格の調和に注目をしつつあるわけです。
 先般も日本経済新聞に出ていましたが、西洋思想における個を重視するあまり主体と対象を対立的なものとして捉えた反省から、主体と対象を決して対立するものと捉えず、一つのものとして考え、和合・調和という方向で考えていこうという西田幾太郎という日本が生んだ世界的哲学者の思想に注目が集まっているのです。
 日本も伝統的に古事記・日本書紀の世界を見れば、もともと最初に男性の神、女性の神、二神おられた関係から、日本という国は伝統的にすべてのものを包摂しながら、調和を求め和合をさせていこうとする考え方が得意な民族です。
 そのような歴史的な状況の中にあって、私は文鮮明先生(世界平和連合創設者)が説かれた頭翼思想という考え方が、大きな意義と価値をもつ時代が来たと考えているものです。
 文鮮明先生の究極存在に対する考え方は、キリスト教の背景を持たれながらも決して男性格としての神という捉え方にとどまることなく、神はもともと父性と母性がある、究極存在が父母という両性が一つになったという角度で物事を見つめる新しい角度を提示されたのでした。ギリシャ思想に基づくキリスト教の理解ではなく、東洋的なアジア的な角度からのキリスト教の理解という新しい地平を開かれたのです。
 この観点から、アジア・東洋的な角度から西洋の文明を凌駕する理念を打ち立てられたのが、文鮮明先生の「頭翼思想」であると私は理解しています。

 日本から共産党復活する危険性

 さて、ベルリンの壁が崩壊しソ連が共産主義の旗を降ろしましたが、文鮮明先生は「共産党は日本から復活するかもしれない。気を付けねばならない」と指摘しておられる。昨今の共産党あるいは共産主義的運動の日本における進展を考えてみると、これは大変なことになってしまったと思わざるを得ません。
 共産党あるいは共産主義者たちは、さまざまな団体を作り、日本の各界各層に浸透してきています。60、70年代に学園で吹き荒れた学生運動によって共産主義の洗礼を受けた学生たちが現在、社会の中枢を占めるようになついてます。その結果、日本は世界で、まれにみる共産主義が発展した国となってしまいました。次の選挙でも共産党は間違いなく票を伸ばすことでしょう。
 共産党の進展を絶対に許してはなりません。先般の共産党の大会(五中総)においても明らかなように、共産党は綱領から革命論を捨てたわけではありません。共産党が暴力革命を捨てたわけではないことをいま一度、国民の皆様に伝えていかなければならない時がきました。私は共産主義に対する新しい勝共運動、「新・勝共運動」の推進を宣言するものです。
 国民の間に共産主義の恐ろしさに対する知識・警戒心がなくなったことに対して、私どもは警鐘を乱打し新・勝共運動をさらに一層、愛国の精神をもって展開をしてまいりたいと思っている所存です。皆様方のご支援を心からお願い申し上げます。

 地球を故郷化する運動が必要になる

 さらに、文明の流れ全体をみますと、地球ひとつの星が私たちの故郷(ふるさと)になった時代を迎えたのではないでしょうか。
 20世紀に発展した科学は、白人・黄色人種・黒人といった民族・人種を超えて、人間そのものを理解する時代を迎えました。さきほど述べました究極存在に立ち返って考えてみれば、地球という星はひとつの私たちの故郷であり、地球に幾億、幾10億もの人々が住もうと、言葉の違いがあったとしても、等しく私たちの故郷です。こうした観念に立ち返らない限り、今日の難問を解決できるはずがありません。
 環境問題ひとつとってみてもこのことは明らかでしょう。アマゾンで作られる酸素がやがて欧州の酸素となるように、地球上の酸素の3分の1は南米でつくられています。南米の緑の保全が、欧州の環境問題ともなってくる。お隣の中国の砂漠化は日本に多大な環境的影響を与えている。その意味においても、日本はひとつの国でありながらアジア・世界の中で生きていることがわかります。
 私たちの意識が、さらにいっそう高まって「地球星・故郷化」という運動が展開されてこなければならないと私は考えます。各民族の自主性・伝統の美しさを残しながらも、ともにこの星が私たちの故郷、私たちの祖国であるという、広範なしかも止揚された精神というものが必要な時を迎えたのではないかと考えているものです。

 日韓トンネルでアジアにつながる

 国際ハイウエイ構想はこうした新しい時代を切り開くプランです。韓国と日本の間の玄界灘に海底トンネルを通そうという運動を故・久保木修己会長のもとで展開してきましたが、最近になって多くの有識者の方々が21世紀のために韓国と日本の間にトンネルを通そうと主張されておられます。
 先般、韓国の朴泰俊・新首相も「私たちの子孫のために韓日トンネルを掘らなければならない」と述べられていました。いま国際ハイウエイ、日韓海底トンネルは、日本よりはお隣の韓国においてブームになっているのです。
 日本がお隣の韓国とトンネルで結ばれれば、永遠に島国ではなくなります。縄文時代のはるか前、古代の時代に大陸と陸続きであった時代のようになるわけです。文明は限りなくアジアに大陸に向かって流れていく時に、この日韓トンネルは日本の国運が天運にのって、やがてアジアにつながっていく大きな道筋となるに違いありません。
 さて、もう一つ頭翼思想という観点でいえば、今の時代の混乱を収拾するには女性の役割がきわめて大きくなると思われます。なぜかと申しますと、先程述べましたように主体と対象、個と個を対立ではなく、二つのものを一つ、和合・調和、包容と包摂といった言葉が新しい時代のキーワードになるからです。
 これらは、限りなく母性に近いものです。人間には母性、父性の両方が必要ですが、母性的なものによって解決していかなければならない、そうした時代が来ています。

 日本は母性発揮し世界の為に生きる

 ソウル市内の警察署長に金康子(キム・カンジャ)さんという、女性の署長が就任されたと伝えられていますが、この女性警察署長は、子供たちに有害な環境である性風俗の世界を整理する名人だそうです。この方は女性であり、お母さんだから何よりも有害な環境から子供たちを守ろうとするわけです。女性が立ち上がって、有害な環境を整理しながら、新しい和合と調和の未来を切り開いていかなければならない、といえるでしょう。
 多くの識者が指摘されているように、日本は母性国家であり、母親のような国です。であるがゆえに、世界に対して、母性をもって援助の手を差し伸べなければならない、と私たちは考えています。
 とりわけアジアやアフリカに対して、母親の心情で援助の手を差し伸べる時が来たのではないかと思っているのです。
 そうでなければ、道徳大国としての道を歩むことはできないでしょう。世界がやがて日本を慕って来るという状況は、実現しないでしょう。
 これからは「量的幸せから質的幸せ」へと考え方を転換する時代がきました。「肉体的な享楽から、精神的満足感」を求める時代がきました。「受ける喜びから与える喜び」を求める時代、その真実なる喜びに、私たちが幸せを感じなければならない、そういう時代がやってきました。
 このような観点から、頭翼思想が最も心がけている「(他者の)為に生きる精神」における、心と体の満足ということが、大きな話題となる、新しい時代を迎えたと確信するものです。私たちはこのように考え、21世紀に向かい、先頭を切って愛国運動を展開していく所存です。
(文責・編集部)

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