思想新聞1999年4月15日号 視点論点
歴史教育のあり方まず問い直すべき
筑波大学名誉教授
鈴 木 博 雄

今日、「君が代」・「日の丸」の法制化問題が教育界で大きな問題になっているが、筆者の見るところ、大勢は法制化を認める方向にあると思う。ただし、今回の政府の法制化への動きは、それ以前の緩慢なテンポから一転して、あまりにも性急であり過ぎた。
広島県立高校の校長が、卒業式を前にこの問題で自殺した事件を契機にして、政府は3月9日、にわかに今国会での「君が代」・「日の丸」の法制化の意向を打ち出した。ところが、その後、世論の反応や与野党の間からの慎重論を考慮して、今ではそのムードもすっかりトーンダウンしてしまった感じである。
これまでも法制化の問題は、現れては消え、消えては現れるというように、半世紀にわたって迷走し続けて来た経緯がある。そして、そこには迷走するだけの理由があったわけであり、この点をクリアしなければ、今回も同じ轍を踏むことになる。
「君が代」・「日の丸」法制化問題についての世論の反応を分析すると、賛否が分かれる根拠としては、1.イデオロギー、2.国民感情、3.手続き――の3点がある。
まず第1にイデオロギー上の対立は、敗戦後、左右両極が激しく対立していた70年頃までの対立のパターンであった。とりわけ、日教組が戦争反対の立場から「君が代」・「日の丸」を学校に持ち込むことに強硬に反対してきた。
ところが94年、村山社会党委員長(当時)が首相になるや、国会答弁において、「君が代」は国歌、「日の丸」は国旗と明言し、社会党もこれを追認した。
そして日教組も「君が代」・「日の丸」反対を運動方針から棚上げしたのである。それまでの社会党や日教組の強硬な反対を知っている国民は、この豹変ぶりにあっと驚いたのである。こうした経緯を経て、これ以後はイデオロギー上からの反対はなくなったわけである。
第2にイデオロギー上からの強い反対を支えていたのが、広く国民の中に潜在している戦争のイメージが染みついた「君が代」・「日の丸」への感情的反発である。これは悲惨な戦争を経験した国民の感情として無理からぬところがあった。
そのために、この国民感情に配慮したからこそ、法制化へ半世紀も時間を要したのである。
これは政治的には止むを得なかったが、他方、半世紀の空白が、国旗、国歌を知らない国民をつくり上げてしまったという現実がある。この結果、日本人は皆、自己中心的となり、国民としての自覚に欠け、美徳であった国民としてのまとまりを失ってしまったのである。
また、国際化時代にもかかわらず、日本人の若者は誰もが外国の国旗、国歌に対するマナーを知らないのである。こうしたマイナス面を考え合わせると、もうそろそろ感情的な整理をつけなければならない時であると思う。
第3に手続き上からは、国旗は国の象徴であり、儀式的に重要な意味をもつ。国連その他の国際機関には加盟国の国旗が深く掲げられているし、オリンピックをはじめ諸国際行事には参加国の国旗がすべて用意される。また公海上を行く船はその船籍を明示するために国旗を掲げる。
さらに、一国の元首や艦隊の訪問の際には、その国の国歌を演奏するし、よく知られているように、オリンピックなどの国際的競技の優勝者の表彰式には、その国の国歌が演奏される。
このように、国旗・国歌は国の主権を象徴する神聖な性質をもっていることを考えるとすれば、その法制化について手続き的にも慎重を期し、十分に議論を尽くして、国民輿論を見極めた上で、実施することが望まれる。
とりわけ、教育の問題としては、一点の疑問やわだかまりもなく、教師が自信を持って教えられることが
大切である。そうでないと、折角、法制化しても学校の現場で骨抜きになってしまうからである。
最後にひとこと付言したいのは、国旗・国歌がこのように論じられる背景には、日本人がもっと日本の国の良いところを知ってもらって、日本国民としての誇りと自覚を持ってほしいという願いがある。
そのことから言えば、今日の歴史教育がこのままでよいのか、という問題がある。筆者は、日本の国の歴史をこのままにしておいて、「君が代」・「日の丸」だけを考えても本末転倒だと思うのである。


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