【思想新聞2004年4月1日号 憲法改正そのポイント6】
さきほど神戸少年事件を引き起こした当時十四歳の少年が関東医療少年院を仮退院しました。同事件以降、少年凶悪事件が相次ぎ、改めて親の責任や家族の在り方が問われています。しかしその一方で“人権憲法” 盾に「憲法は個人の尊重をうたっている。なぜ親の責任や家族を持ち出すのか」と言った反論も聞かれます。現行憲法が「すべて国民は、個人として尊重される」(13条)と規定し、条文全体を個人主義で貫いているからです。家族の規定や「家庭の価値」についての条文は一切存在しません。
はたしてそれでよいのか、その反省が少年事件を通じて提起されるようになりました。産経新聞は98年5月3日、「改憲に『家庭教育』を含めたい/忘却された視点の論議を」と題した社説を掲げ、従来の改憲論は9条問題が中心で「家庭」を論じるのを怠ってきたとし、憲法が家族や家庭における教育についての規定を欠いているのは問題だと指摘しました。
イエ制度を目の敵にしたGHQ
確かに現行憲法の家族軽視は異様です。それは終戦後の占領下で現行憲法が制定される際、GHQ(連合軍総司令部)が民主国家の建設には「家族制度」「イエ制度」の解体を推し進めようと考えたからです。
京都大学教授の吉田和男氏によると、そのことを熱心に推進したのは当時、GHQに勤務していた22歳のベアテ・シロタ・ゴードンという女性文官でした。彼女は戦前、少女時代に日本に居住し日本の男女不平等、特に見合い結婚に強い嫌悪感を抱き「どうしても憲法の中に、女性の権利について詳しく書いておかねばならない」と考えたと言います(『憲法改正論』PHP研究所)。
同女史が作成した憲法草案には「婚姻と家庭とは、両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然であるとの考えに基礎をおき、親の強制ではなく相互の合意に基づき、かつ男性の支配ではなく両性の協力に基づくべきだ」とあり、親の強制と男性支配の排除に力点を置かれていました。吉田教授は「それら規定はソ連邦の憲法を参考にしたようだ」と述べています。
これには日本側が反発し、結局、落ち着いたのが現在の24条です。同条第1項では「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」とし、同2項では「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」としています。「離婚並びに婚姻」とあるように、離婚が婚姻よりも重要だと言わんばかりの書きっぷりです。
同じ敗戦国でも独伊は違っています。ドイツ基本法は「婚姻および家族は、国家秩序の特別の保護を受ける」と規定し、さらに「子供の育成および教育は、両親の自然的権利であり、かつ、何よりもまず両親に課せられている義務である。この義務の実行については、国家共同体がこれを監視する」(6条)とうたっています。
家族を特別に保護される存在とし、子供の育成と教育を親の権利であり義務であり、その義務を実行しているかを国が監視するとの強い姿勢を打ち出しているのです。これは戦後ドイツに初めて登場した規定では決してありません。人権派が民主憲法の手本のように持ち出すワイマール憲法(1919年制定)の119条2項は「家族の清潔を保持し、これを健全にし、これを社会的に助長することは、国家および市町村の任務である」と明記していました。
一方、イタリア憲法は「共和国は婚姻に基づく自然共同体としての家族の権利を認める」(29条)と家族の権利を保障し「子供を育て、教え、学ばせることは両親の義務であり、権利である」(30条)、「共和国は、経済的および他の措置により、家族の形成およびそれに必要な任務の遂行を、助ける。大家族に対しては特別の配慮を行う」(31条)としています。
民主化の名の元に家庭消す
しかし日本国憲法には家族規定は一切存在しないばかりか、教育権については「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女の普通教育を受けさせる義務を負う」(26条)と、ここでも「両親」「父母」という記述がありません。
憲法制定時、GHQの中にも家庭の重要性を考える人々はいました。マッカーサー草案の23条には「家族ハ人類社会ノ基底ニシテ其ノ伝統ハ善カレ悪シカレ国民ニ滲透ス」とありましたが、こうした家族規定も民主化の美名の下で消し去られてしまったのです。


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