思想新聞2002年2月15日 【主張】
あらゆる事態に対応せよ
小泉首相は、2月4日の施政方針演説で有事法制について「今国会に提出する」と言明し、これを受けて政府・与党は、有事に対する基本原則や日本が武力攻撃を受けた際の意思決定手続きなどを包括的に盛り込んだ基本法的な「武力攻撃事態対処法案」(仮称)と、自衛隊法改正案など個別の関連法案を3月末までに一括して提出する方針を固めた。
今国会提出は歴史的決断だ
有事法制整備がいよいよ政治日程にのったことを我々は歓迎する。法案が速やかに国会に提出され成立することを望む。だが、こうした包括、個別法案だけでは不十分である。危機管理すなわち緊急事態はあらゆる事態を想定しておかねばならず、それに向けてさらなる法整備を促したい。
まず第一に小泉首相の有事法制化の決断を高く評価したい。戦後の歴代首相で有事法制の国会上程に言及した首相は誰ひとりとしていない。そもそも有事法制は77年の福田内閣で初めて公式に研究が着手されたが、その時は法案化しないという足かせをはめられたうえでの研究であった。それから25年間も有事法制は放置されてきた。その意味で小泉首相の決断は歴史的である。
これには日本を取り巻く安保情勢の変化が後押ししたことは間違いない。北朝鮮によるテポドン発射事件(98年)、不審船逃亡事件(2000年)、そして米国での同時多発テロ事件と不審船沈没事件(いずれも01年)などを通じて日本の平和と安全が脅かされている現実に国民は目覚めた。有事法制の整備を求める国民世論が高まり、ようやく有事法制整備が具体化できるようになったといえる。
第二は有事法整備は評価できるものの、今回の政府・与党の包括、個別法案で対応する有事の概念は狭すぎることを指摘しておきたい。
本来、国家の危機(有事)とは直接侵略(武力侵攻)と間接侵略(テロ・スパイ工作など)に分類されるもので、したがってこれらの直接・間接の危機にトータルに対応するのが有事法制であるべきである。大規模テロや武装不審船、武装工作員、サイバーテロなどの事態が仮に国家でない国際テロ組織の犯行であっても間接侵略の範疇(ちゅう)で対処するのが常識であり、それゆえ自衛権行使という視点で有事法制が整備されなくてはならない。
これに対して政府の有事概念は狭すぎる。有事は「防衛出動を命じられる事態」としており、その「防衛出動」とは自衛隊法76条で「外部からの武力攻撃に際して、わが国を防衛する必要がある場合」に国会承認を経て首相が命じることができると規定されている。つまり、直接侵略に限定して有事を想定しているのである。
これに沿って今回の政府の基本方針は、日本が武力攻撃を受け自衛隊が防衛出動する事態を対象にしているだけである。間接侵略の危機への対応には不十分きわまりない。
これでは不審船事件にも大規模テロにも対応できないだろう。先の不審船事件で見れば、海保巡視船は警職法による「正当防衛」でしか危害射撃をできなかったが、海保のみならず自衛隊に対しても領土・領海・領空を警備する任務を与える「領域警備法」を制定し、常日頃から海上自衛隊と海上保安庁の連係プレーを可能する法整備の必要性が指摘されてきた。だが、今回はこれを棚上げしている。
第三には基本法的な包括法を制定することで有事態勢の基礎が据えられ個別法によって有事法制の整備が前進する点は評価できるが、いまだ検討課題が抜け落ちている点を見逃すべきではない。
従来の有事法制の研究では防衛庁所管のものを「第一分類」、防衛庁以外の他省庁所管のものを「第二分類」、そして所管官庁が明確でないものを「第三分類」の法令に分けられていた。「第一分類」は自衛隊法で対処すべきもので、有事の際の物資の収用や土地使用の手続きを定めた政令(自衛隊法103条)などで、「第二分類」は道路や橋の損傷しているときに応急補修できる特例措置(道路法)や陣地構築などの土地使用の特例(海岸法や森林法など)などである。
これらは今回、個別に法改正で臨むことになるが、「第三分類」は今国会では触れず先送りにされた。同分類には避難国民の行動と自衛隊車両の交通の確保をするための誘導・避難、自衛隊の円滑な無線通信や電子作戦のための措置、民間船舶や民間航空の安全確保などが含まれている。
以上、不十分な諸点を指摘した。むろん、今国会では政府提案を制定することは言うまでもないことであるが、集団的自衛権行使や緊急事態条項の設定など憲法改正も視野に入れておくべきである。


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