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有事立法は世界の常識

思想新聞2002年9月1日号【視点論点】

目的は法治国家体制の維持

日本大学法学部教授
小林 宏晨 氏

 人権の中で最も重要なものは、生存権である。国家そのものの存在を正当化する一番重要な部分は人間の安全である。国家は本来、人間の安全を保護するために創設された。しかし現在、日本人は、国家においてのみ人間がその存立を維持することができる事実をしばしば忘れがちである。
 憲法第九条について、一般的には自衛隊を違憲とする多数意見、個別的には集団自衛権を適用できないとする政府(内閣法制局)解釈に見られるように、憲法解釈でも、憲法政策的にも、安全が自明のこととされていない現実がある。まさにこの点に、我が国の重大問題が潜んでいる。
 非常事態は、個人と公共体の生活と不可避的に密接に結びついている。非常事態が絶対に発生しないとは断言できないのだ。つまり、この事態が人間生活の構成部分であれば、法治国家・立憲国家である限り、法秩序は、この事態を度外視することが許されない。
 法規定との関係で俗耳に入りやすい言葉に「非常事態に命令なし」がある。これは法規範による非常事態の克服の対極を意味する。その無限定性ゆえに法治国家理念と対立するからだ。この命題に欠けるのは、法に固有な秩序機能と限定機能だ。だからこの命題は、法によって対置されなければならない。
 立憲・法治国家は、すべての非常事態が法の規制対象としなければならない。立憲国家の本質がすべての国家権力を憲法に結びつけることなら、非常事態の国家機関の行動も、法以外による正当化があってはならないはずだ。ここで重要な点は、非常事態法が憲法的基盤を有することだ。
 これまで有事法制には、一方的に自由権侵害や民主制の危機など、抽象的な理由で反対がなされてきた。しかし反対者たちの主張は、国家的危機の側面を看過している。
 まさに有事規定の任務が国家の存立、存続なら、まず現代国家の給付国家的側面に目を向けなければならない。つまり現代国家は社会国家、給付国家だ。その生活保護機能も非常事態に機能し続けなければならない。非常時にそれが機能しなければ、その影響は計り知れない。だから生活保護国家としての現代国家は、非常事態準備国家であるべきだ。社会国家的機能が非常事態でも機能するためにも、非常事態の規定が必要なのだ。
 国際法において、非常事態は通常、個別的・集団的自衛権適用事態である。この事態は、あくまでも武力行使とそれを可能にする行為を合法化する。国家法的には、非常事態は、憲法に規定される通常の手段ではなく、憲法で規定した例外的な手段により克服される、国家の存立、安全および秩序への本格的な危険を意味する事態である。
 かくして、基本立法に関し日本が留意すべき事項は、以下に要約される。
 第一に、非常事態権限を、いつ、誰が、いかなる場合に、いかなる手段で、通常事態の例外事項の遂行が許されるかについて、明確に規定しなければならない。
 第二に、社会国家つまり生活擁護国家は、市民に対する奉仕的機能の利益のため非常事態準備国家でなければならない。
 第三に、非常事態での自衛隊出動に関し、対外と国内とを明確に区別すべきだ。緊急時を例外とし、自衛隊の出動は、原則的に国会の承認を条件とすべきである。
 第四に、非常事態の定義とその確定手続きを憲法に規定するべきだ。憲法規定もしくは解釈改憲に際し、国連憲章に規定される国家の固有の権利(自然権)としての個別的・集団的自衛権の適用可能性を明確化する。
 内閣法制局の「集団的自衛権適用不可能性」の論理は、主権国家の論理に真っ向から対立し、国連集団安全保障を補完する集団防衛体制とも矛盾する「世界の非常識」だ。
 第五に、非常事態の確定は、衆議院定数の過半数で行われるべきである。
 第六に、有事以外の自衛隊の海外出動の可能性についても憲法規定が必要である。例えば国連の枠内の平和維持出動もしくは枠外における災害救助出動などだ。
 第七に、非常事態での国民の基本権の制限は、ドイツにならい、可能な限り控え目に行うべきだ。
 第八に、非常事態においても裁判機能が確保すべきこと。法治国家は、非常事態においても維持しなければならない。
 最後に、ドイツで連邦軍の任務を主要・副次的・付加的と明確化する点も参考にすべきであろう。(取材・協力=世界思想、文責=編集部)

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