この記事は2011年8月16日に投稿されました。
思想新聞8月15日号に掲載されている「主張」を紹介する。
広島は8月6日、長崎は9日に66回目の「原爆の日」を迎え、犠牲者に鎮魂の祈りが捧げられた。今年は福島第一原発事故で多くの人々が避難している最中の原爆忌である。広島と長崎の経験を収束・解決に役立ててもらいたい。一部に事故の脅威を煽り、それをもって「反核」に利用しようとする動きがあるが、乗じられてはならない。
日本への核脅威は中朝露3カ国から
核戦争の惨禍を招かない、招かせないために何が必要なのか、我々は世界の核を巡る現実を冷静に見ておかねばならない。
世界の核保有国は米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエルの8カ国で、北朝鮮が核配備に動き、イランが核開発を進めている。世界の核弾頭数は冷戦末期の1980年代後半の6万9369発から今年1月段階で2万5300発にまで減少した。
今年2月には米露間で新戦略兵器削減条約が発効した。これによって戦略核弾頭が3割削減される。とは言え、老朽化した核弾道を減らすだけとされ、お互いが何度も核兵器で破壊し合える「多すぎる上限」を下方に移したにすぎない。厳しい現実が続いている。
では、わが国にとって核の脅威はどこからくるのか、このことを見据えておかねばならない。脅威とは意図と能力の総和である。したがって脅威を知るには、わが国に核攻撃を仕掛けようとする意図と能力を持つ国を知らねばならない。
それは共産主義の中国と北朝鮮、強権国家ロシアの3カ国にほかならない。米英仏の自由諸国は価値観を共有する同盟・準同盟国であり、日本攻撃の意図を持っていない。これに対して中朝は日本を敵国と位置づけ、ロシアは北方衛士の不法占拠を続けようと、日本に核の矛先を向ける意図と能力を有する。だから脅威なのである。
とりわけ軍拡著しい共産中国は、推定250発の核弾頭を保有し、自由諸国に照準を当てている。日本本土に対しては北朝鮮の国境に近い吉林省通化にミサイル基地を置き、車両で移動できる「東風21」(射程1800㌔)など24基の弾道ミサイルをもって日本の主要都市に狙いを定めている。
一方、核開発を進める北朝鮮は射程1300㌔の中距離ミサイル「ノドン」が日本全土を射程圏内に収めるほか、最近、射程3200㌔~5000㌔の新型ミサイル「ムスダン」を配備した。ミサイル搭載可能な核弾頭小型化に成功したとされ、核の脅威は一段と高まってきた。
それだけに中朝露の核兵器を使わせないことがわが国の安全保障の最重要課題になる。たとえ意図と能力があっても手出しできないようにしておくことが肝要なのだ。それが「核の傘」であり、「核抑止力」である。
遺憾ながら、世界は「相互確証被壊」で平和が保たれている。一方が核兵器を使えば報復され、最終的に双方が必ず破滅するという心理状態のもとで互いに核兵器の使用をためらわせるのが相互確証破壊である。したがって本革核の脅威に対抗するには核武装するのが理屈である。
しかし、戦後日本ではそれをやらず、日米同盟を結び、米国の「核の傘」のもとで中朝露(旧ソ連)の核使用を阻止してきた。非核三原則(作らず、持たず、持ち込まず)を掲げ、米国の「核の傘」に依存してきた。
だが、21世紀の今日、果たしてそれで十分だろうか。今、問われているのは米国の「核の傘」のへの信頼性である。日本に核の矛先を向けられようとした時、米本土への核攻撃を覚悟してでも「核の傘」を提供できるのかとの疑問である。
この疑問を解消するには、「持ち込まず」を改める必要がある。1960年の日米安保条約の改定の際、「核を積んだ米が艦船の寄港、領海通過や米軍機の飛来は事前協議の対象外とする」との密約があったとされるが(日本政府は否定)、寄港や通過を持ち込みの対象外とするのが当然で本来、「持ち込まず」の範疇に入らない。この際、正々堂々と認めるべきだ。自民党が寄航・通過を認める2・5原則を打ち出したのは正鵠を得ている。
「持ち込み」で有事に自国核に
だが、それだけでも足らない。「持ち込まず」をやめ「持ち込む」の政治決断を下し、確固たる核抑止力を示すべきである。有事に米国から核弾道の譲渡を受ける「核兵器共有政策」(独伊など欧州非核五カ国採用)の導入も検討すべきだ。そうすれば有事には日本の核となり、抑止力を確固たるものにできる。敵基地攻撃能力も保持しておくべきだ。
同時に脅威の源泉である共産国の意図を消滅させる必要がある。それには共産主義を終焉させ、独裁覇権主義から民主主義に転換させることである。すなわち勝共こそ真の平和を構築する道である。このことを原爆忌に改めて想起しておきたい。


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