思想新聞2003年4月15日号 共産主義は間違っている!!
摩訶不思議な「人権真理教」国・ニッポン 31
フセインの独り善がりなジハード論
「道義的正当性」の欺瞞
Q イラク戦争は「バクダッド制圧」という重要な局面を迎えました。フセイン大統領の「改心」は「宗教的背景がない限りありえない」ということですが、フセインは宗教的な「大義」をもって「聖戦」(ジハード)を叫んでいるのではないですか。
A そもそも元来、「聖戦」というのは、一信徒が勝手に叫ぶことができるという類いのものではありません。イスラムの律法学者が「宗教的権威」をもって下す判断だというのです。ただ、その「権威者」がどの程度「普遍性」をもっているのかは甚だ疑問が残ります。
9・11後のアフガニスタンでのタリバンとの戦いの際も、アラブ世界の宗教的権威は、タリバンの指導者であるオマル師の「聖戦」宣言に歩調を合わせることはありませんでした。今回のフセインの「聖戦」発言も、一部のイスラムの人々の反発はあるものの、国王など国家元首らが政治的リーダーシップを発揮して、事態を静観していると言えるでしょう。
しかも、フセインには宗教的権威は全くありません。古くは強大な権力を誇ったバビロニアのネブカドネザル、近くはソ連帝国のスターリンに自らをなぞらえた思いっきり世俗的な権力者でしかありません。フセインの振るまいがいかにイスラムの教義とはかけ離れたものであるか、イラク国民自身、そして周辺国の人々がよく知っているはずでしょう。バース党の中枢幹部以外は誰もフセイン体制が続いてほしいなどと思わないでしょう。ただし、フセイン体制崩壊によってパワーバランスがどう変わるのか、このことが周辺国にとって一番の気がかりなのではないでしょうか。
そして国連安保理の主要国家の間では、世界第二の埋蔵量を誇るイラクの石油採掘権問題が絡んで、相当な外交合戦が繰り広げられるように思われます。そもそも、今回の米英の武力行使に反対の立場をとった国々は、語弊を恐れず言えば多かれ少なかれ、石油の利権などでフセイン外交に「懐柔」されたと言えるでしょう。
ですから反フセインの臨時政府ないし新政権ができれば、これらの利権は白紙となるでしょう。
そもそも、国連主導による「手ぬるい経済制裁」が、フセイン政権をここまで延命させたとも言えるのです。制裁が制裁でなくなってしまったところに、米英両国首脳が武力行使しか道はないと判断したゆえんでもあると言えます。この点、資源らしい資源のない北朝鮮とのスタンスの違いが如実に現れています。
ここで、イラクの動静、フセインによる恐怖政治がもっと公に報道されていたら、それこそ「人道主義者」「人権論者」らは、徹底した「石油不買運動」を行うべきでした。それを怠ったのはそれこそ、メディアの責任とも言えるでしょう。
そして実際、人道支援物資に限っての石油輸出という制限もなし崩しにされ、結局は「兵器」に変えられてしまったというわけです。
このように見ると、何のための「人道」であり「人権」なのか、大いに考えさせられます。解釈によってどうにでも捉えられるところが、実は政治の方便として用いられやすいものがあります。
米英による軍事介入について、新聞・放送など日本の多くのメディアでは「米英に道義的正当性はない」というものが多く見受けられます。が、これも言葉の響きを悪意をもって巧みに用いた例です。しかし米世論の圧倒的支持をどう説明するのでしょう。自国民の血を流したとしても、テロの脅威を排すべきだというのが、米国民の「道義」であり、ブッシュ大統領の独断専制ではないのです。このことを全くと言っていいほど、ブッシュ批判をまくし立てる「識者」に限って無視しているのです。


コメント