この記事は2013年5月20日に投稿されました。
総務省は5月4日、全国の15歳未満の「子ども人口」が前年より15万人減って1649万人となり、統計がある1950年以降の最低を更新したと発表した。
総人口に占める子どもの割合は1950年に3分の1を超えていたが、今回の発表では12.9%だった。世界的には、米国が19.6%、フランスが18.6%、中国が16.5%、韓国が15.6%で、日本は最低水準だ。
少子化は日本社会に多くの問題を引き起こす。その筆頭が社会保障制度の崩壊である。
現在の社会保障(特に厚生年金)は、将来納税者と所得が増えつづけることを前提としてつくられているため、少子化が進めば破たんする構造だ。
1995年には1人の年金受給者を約5人が支えていたが、2000年には約4人、2010年には2.8人、そして2020年には2.3人になるという(厚生省推計)。
経済全体への打撃も深刻だ。1995年には8700万人いた労働者が、2020年には7500万人程度に減少するという。労働人口とともに消費人口が減少するから日本の経済規模は著しく縮小することになる。
少子化のペースがこのまま続けば、日本の人口は2100年には今の約半分の6000万人になるという推計もある。
国の対策に先行する地方自治体
政府は2003年に少子化対策担当大臣を新設し、少子化社会対策基本法を成立させたが、実際は十分な効果をあげられていない。人口を維持できる出生率は2.07だが、厚労省の発表では2011年にはこれを大幅に下回る1.39となった。
世帯構成では、これまで一番多かった「夫婦と子ども」の世帯が減り続け、43%(1960年)から27%(2005年)にまで下がった。逆に「一人暮らし」は4.7%(1960年)から29.5%(2005年)に増加し、「夫婦のみ」の世帯も8.3%から19.6%に増加した。つまり、子どものいない「一人暮らし」と「夫婦のみ」の世帯が、13%から49%にまで急増したのである。
政府の対応を難しくしている原因の一つは、結婚に政府が「介入する」ことに対して否定的な声が強いからだ。基本法の制定時には、衆議院の審議過程で「女性の自己決定権の考えに逆行する」との批判も挙げられた。
政府が有効な手だてを打てずにいる中、手をこまねいていられない地方自治体は独自の施策を打ち始めている。今年1月に山形県知事に再選された吉村氏は、公約で現在の山形の出生率「1.50」を「1.70」に引き上げることを掲げた。三重県知事の鈴木氏は、少子化の危機感を共有する10県の子育て中の父親知事で「子育て同盟」を発足させた。ともに地元の若者の未婚化や晩婚化の問題に向き合い、結婚と出産を薦めている。成果が出るのはまだこれからだが、山形県では昨年の結婚数が一昨年より3%程度増えたという。
家庭を基本単位とした社会像を打ち出せ
日本国憲法では、家庭に対して言及する条項が一切ない。その代わり「個人の権利」についてはことさらに強調されている。このことが政府の少子化対策を難しくしている。
また家庭科の教科書にも、家庭よりも個人が尊重される思想が随所に見られる。以下は、開隆堂の教科書「家庭総合」の一節だ。
「日本は諸外国に比べて婚姻率が高いが、近年、結婚観は男女や個人による差が大きくなっている。平均初婚年齢は年々高くなるとともに『結婚しなくてもよい』という考え方も年々増加し、結婚するもしないも一つの選択という考え方が広まっている」
こうした価値観が社会に浸透すれば非婚化、少子化が進むことは当然だ。子供が減れば、子ども同士の交流の機会が減り、過保護が助長されるなどして子どもの社会性が育まれにくくなるという問題もある。
人は家庭で生まれ、家庭で人として育っていく。結婚して親になればまた新しい家庭を築き、子供を育てながら親も人として成長する。だから人は家庭の中で成長するといっていい。国家の基本単位は、個人ではなく家庭であるべきだ。結婚や出産を奨励し、子育てしやすい環境を強化する。このような施策の壁となっている「思想」が、家庭は女性と子供を抑圧する場であるとする共産主義的考え方である。その壁を打破して、家庭を核とした社会像をはっきりと提示する。日本の少子高齢化問題を解決するにはそれ以外にない。
2013年5月20日


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