国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 最新の主張はこちらから

始動した両院憲法調査会 首相交代劇で緊急事態への不備露呈

思想新聞 2000年5月15日号 視点論点

駒澤大学教授
 竹花 光範 氏

 今年、国会両院に設置された「憲法調査会」は当初、法案の提案権を持つ「委員会」として設けられるはずだったが、トーンダウンし提案権のない「調査会」になってしまった。ないよりは一歩前進かもしれないが、「前進」かどうかを評価するポイントは、どういう内容の議論が展開されるかにある。
 その「内容」の一つとして挙げるべきは、先般の小渕首相の脳梗塞による辞任劇だ。最終的に内閣総辞職する過程で青木官房長官が総理大臣臨時代理になったが、青木長官が臨時の職務代行者になるプロセスが不透明なため、マスコミが森政権の正当性を云々したわけだ。だが、憲法に何の規定もないため、ある程度不透明にならざるを得ない。国の最高法規に、総理大臣が突如欠けた場合、臨時に誰が職務を行うかという定めがないのだ。それでやむを得ず内閣法第9条にその際どうするかという規定を設けている。「その予め指定する国務大臣が臨時にその職務を行う」がそれだ。
 森内閣は4月14日、臨時代理を後継順5位まで発表したが、一般的に「予め」の指定が慣例としてなかった。しかも、当時の小渕首相から青木長官への権限委譲について、「予めの指定」がなかったのでは、というわけだ。
 もちろんこうした緊急事態だから、ある程度の超法規的措置はやむを得ないが、そうした措置を講じなくても済むように、きちんと明文の規定が必要だ。しかも、内閣法などの下位法規ではなく最高法規である憲法に1条を設けるべきではないか。このような規定がない点だけでも、いかに日本国憲法が不備であるかということが言える。
 憲法とはいやしくも、独立主権国家の最高法規だから、国家が主権を行使してつくり、改めるべきものだ。主権がない状況でどうして「憲法」がつくられよう。占領下に成立した一点だけを見ても、日本国憲法は当初、「憲法」ではなかったと考えるべきだ。つまりこの憲法は、占領基本法とか占領管理法とでも言うべきものなのである。
 ところが問題は、昭和27年4月28日に主権を回復してからも、これが施行されていること。国民が名実とも主権者になったわけだから、 1.日本国憲法なるものを正式な憲法として認める 2.実質は占領下につくられた占領基本法だから、独立主権国家として新しい憲法をつくる 3.明治憲法を復活させる――などの選択がありえたが、国民は何も意志表示しないまま、日本国憲法が「憲法」として効力を保持して今日に至っている。これは、主権者である国民が「黙示の承認」を与えたと考えざるを得ない。27年4月28日以降は、日本国憲法なるものが、独立主権国家・日本国の「憲法」ということになろう。
 いずれにせよ現状で憲法改正となると、法的な革命をしない以上、今の日本国憲法の改正手続きに従って改めることになる。そのやり方には全面的な改正と部分的な改正がある。全面的な改正とは、事実上の新しい憲法をつくるということだ。
 私はやはり全面的に改める必要があると思う。占領管理法という性格上、内容が不備で、五十年以上も経っていて時代に合わないところも目立つ。部分改正をいくつかやってからでは、全体としての整合性に欠けたり、国家の最高法規として不体裁なものになりかねない。
 たとえ内容が今の日本国憲法とあまり違わなくとも、新しい憲法をつくるということが必要だろう。それほどのエネルギーやパワーがなければ、日本国民は21世紀の国際社会で生き残れないだろう。占領軍に与えられた憲法を、後生大事にしていくようでは、この国は沈没してしまう。自らの力で国家の基本法・最高法規をつくる、ぐらいのことは必要だろう。だが残念ながら現実には、全面改正とまで一気に行くのは難しいかもしれない。「改憲アレルギー」症状はだいぶ緩和されてきたとはいえ、まだ国民の間には残っており、この憲法はすぐれた憲法だとひたすら信じている人たちが沢山いるからだ。
 だから現実的には、まず部分改正からということになる。国民的な合意を得て、部分改正の積み重ねにより、充実した憲法にしていく。そうなれば、アレルギー症状もなくなり、憲法として体裁の整ったものにしようということで全面改正をすれば、まさに自主憲法という名にふさわしい新しい憲法がつくられることになろう。それが実現して初めて、真の意味で「戦後が終わった」と言えるのではないだろうか。
(取材・協力=月刊PAX、文責・編集部)

コメント

タイトルとURLをコピーしました