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~もう一つの共産主義を検証する~ 家庭に階級闘争を煽る

思想新聞2004年2月15日号【ポストマルクスの群像】3

■エンゲルス・1

 本論稿もいよいよ「各論」部分に入ります。カール・マルクス(1818~83)が亡き後、マルクス主義勢力の首領となったのは自称「第二ヴァイオリン」こと盟友のフリードリヒ・エンゲルス(1820~95)でした。この「もう一つの共産主義」をたどる上において。エンゲルスに触れないわけにはいきません。というのは、その基本構造がすでに胚胎していたからです。

現代を特徴づける3つの思想

 さて、「もう一つの共産主義」をたどって、いきなりマルクス=エンゲルスまで溯るのは唐突です。ですから、この「マルクスの死」に言及していく前にもう一点、この「もう一つの共産主義」すなわち「文化共産主義」への「伏線」を探すためにこの思想的流れの中で、今日ほぼ「主役」とも言えるほどの影響力を持つに到った「ジェンダー論」及び「フェミニズム」の視点から、前回と同じように現代思想の中での位置づけとその思想的志向性について若干の検証をしていきたいと思います。
 米国のフェミニスト哲学者、ジェーン・フラックスによれば、現代を特徴づける代表的思潮として精神分析学・ポストモダン哲学・フェミニズム理論――の三つを挙げているというのです(有賀美和子『現代フェミニズム論の地平』)。
 このフェミニズム理論は、別掲の「キーワード」でも述べているように、主として、「婦人参政権」などを要求した19世紀の英国に端を発する「第一派」の運動ではなく、1960年代以降の「第二派フェミニズム」のことを指しています。これは、実存主義的フェミニズム哲学者シモーヌ・ボーヴォワールの『第二の性』によって代表されます。
 先のフラックスの記述によると、「第一派」と「第二派」を画する明白な相違点とは、①近代社会に対する評価②女性抑圧の根源となる領域――です(前掲著)。 つまり、近代における産業化の進展で「公・私の領域」の乖離をもたらし、男性を市場労働に従事させ、女性を無報酬の家事労働に従事させる近代的性別役割分業を生じ、それが固定化された、と見ています。ですから「専業主婦」として家庭という私的領域に囲われ、社会的役割を低下させた、という認識に立つため、今日の「フェミニズム」は、女性抑圧の廃止を、〈家族〉や〈産む性〉という基点に立脚し、近代社会構造や資本主義を問い直す女性解放論である、としています。
 このように見ると、どうして女権拡張の議論が「外」に向かうのではなく、「家庭」という「内なる領域」に対して仕掛けられているのかが、フェミニスト側の言動からわかります。
 しかし、こうした第二派フェミニズムの主張する論理とほぼ重なるのが、実は別掲資料に掲げたエンゲルスの記述です。
 これを見てわかるように、「最初の階級闘争」は「一夫一婦制としての家族」であった、というのです。エンゲルスはこの家族の問題から説き起こして、「国家」とはいかなるものか、に言及します。

マルクス主義の弱点は「国家論」

 ところでマルクス主義哲学者の廣松渉(1933~94、元東大教授)は、戦後民主主義体制の中で、あくまでマルクス主義という「枠組み」(パラダイム)の中で体系的な哲学の構築を目ざしました。この廣松の『唯物史観と国家論』(講談社学術文庫)によると、次のようにあります。
「国家論は、マルクス主義の理論体系において重要な部門であるにもかかわらず、体系的な理論として整備されるにはほど遠いのが実情である。……現状ではまだ、マルクス・エンゲルスの国家論に関する定説的な解釈像ですら確立してはいない。況や、学祖の意想を継承的に展開して《これこそがマルクス主義の国家理論である》と誇り得るような国家理論体系は登場するに至っていない」と、マルクス・エンゲルスの「体系的不備」もしくは「弱点」を実のところ自白しているようなものだと言えます。
 では、何がマルクス主義の「国家論」を代表していたかというと、もちろん、ロシア革命で「主役」となったレーニンであり、廣松は、レーニンによって解釈的に再構成された国家論が正統的な“マルクス主義国家論”として“公認”されていた時代が、1960年代まで半世紀も続いてきた、と述べています(同書)。
 どちらかと言えば、廣松の思想はレーニン・スターリンといったロシア・マルクス主義に対してかなり批判的な言辞が目立ちます。彼は、レーニンの国家論を「国家とは一階級が他の階級を支配するための暴力的抑圧機関」というテーゼ(命題)を基軸にしている、と理解します。
 これらを俎上に載せ批判した上で、自らの「国家論」を、マルクスの国家論思想の「真の継承者」だと唱えるわけです。そして実際、彼の国家論は、吉本隆明氏(批評家)の『共同幻想論』と共に、日本の殊に新左翼の間でマルクス・エンゲルスの原典と共にもてはやされたのでした。
 因みに、廣松はマルクス主義でも特に「物象化論」を詳細に論じています。これは、後に登場することになるジョルジュ・ルカーチのアプローチ(ヘーゲルにまで溯って弁証法を論じています)とほぼ基を一にしていると言えるでしょう。

母権制から父権制への「革命」

 さて、マルクス主義の手になる国家論というものを強いて言えば、先のエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』です。そこで次のように述べています。
「富が増加するのに比例して、この富は、一方では、家族内で男性に女性よりも重要な地位を与え、他方では、この強化された地位を利用して、伝来の相続順位を子に有利なように覆そうとする衝動を生みだした。しかしこれは、母権制による血統が行われている限り、だめであった。したがって、この血統が覆されなければならなかった。そしてそれは覆された。これは決して今日我々が考えるほど困難ではなかった。なぜなら、この革命――人類が体験した最も深刻な革命の一つ――は、氏族の生きている成員のただの一人にも手を触れる必要がなかったからである。氏族の全ての所属者は、依然としてもとのままでいることができた。今後、男の氏族員の子孫は排除されて父の氏族に移ることにする、という簡単な決議だけで十分であった。これによって、女系による血統の算定と母方の相続権とは覆され、男系による血統と父方の相続権とが樹立された。この革命が文化諸民族ではどのように、またいつ行われたかについては、我々は何も知らない。それは全く先史時代のことである」
 エンゲルスがここで言っているのは、「母権制から父権制への移行」が「革命」だ、ということです。しかし同時に、そうした革命の証拠・根拠はと言えば、実にあやふやかつお粗末なもので、「何も知らない」と言ってうそぶくのはマルクス主義者お得意のまやかしと言えるでしょう。
 同じく、次も母権制に関する記述です。
「母権制の転覆は、女性の世界史的な敗北であった。男性は家の中でも舵を握り、女性は品位を汚され、隷属させられて、男性の情欲の奴隷、子供を生む単なる道具となった」
 確かに、歴史的には一部の社会が、母系制社会であるかもしれません。エンゲルスが全く依拠したモーガンの記述やバッハオーフェンの「母権制に関する豊富な資料」、さらには、M・コヴァレフスキー『家族と財産の起源と進化の概論』などに負うのが多いというだけで、その証明というと甚だ怪しく、まさに「仮説」にすぎないシロモノです。
 エンゲルスの「科学」を標榜するはずの理論は、あまりに不備で、後にフロイト理論や構造主義の登場まで、眠らざるをえなかったと言えるでしょう。

●資 料●

▼ 最初の「階級闘争」としての一夫一婦制
「一夫一婦制が歴史に登場するのは、決して男女の和合としてではなく、いわんやその和合の最高形態としてではない。その反対である。それが登場するのは、一方の性による他方の性の圧制としてであり、それまで先史の全期を通じて知られることのなかった両性の抗争の宣言としてである。一八四六年にマルクスと私が書いた古い未完の草稿には次の一節が見出される。[最初の分業は、子供を生むための男女の分業である](『ドイツ・イデオロギー』)。そして今日、私はこれに付け加えることができる。歴史に現れる最初の階級対立は、一夫一婦制における男女の敵対関係の発展と合致し、また最初の階級抑圧は、男性による女性の抑圧と合致する、と」(F・エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』)

●キーワード●

【フェミニズム】(feminism)
「女性解放論(主義)」「女権拡張論」などと訳される。マルクスらによって「空想的社会主義者」と呼ばれたシャルル・フーリエ(1772~1837)が最初に用いた言葉だとされている。
「男女同権を実現し、性差別のない社会をめざして、女性の社会的・政治的・経済的地位の向上と性差別の払拭を主張する論。19 世紀から 20 世紀初頭の欧米諸国を中心とする女性参政権運動の盛り上がりを第 1 波、1960 年代以後のウーマン・リブに代表される動きを第 2 波と区別することが多い」(三省堂「デイリー 新語辞典」より)

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