この記事は2011年1月7日に記述されました。
政府は1月5日、秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議(座長・県公一郎早大教授)の初会合を開き、今後月に1回程度、罰則の対象となる秘密の範囲や政府の情報管理体制について議論するという。これは尖閣諸島での中国漁船体当たり事件のビデオ映像流出を踏まえたもので、6月をめどに議論の結果を「情報保全に関する検討委員会」(委員長・仙谷由人官房長官)に報告するとしている。
日本経済新聞によると(1月5日付夕刊)、会議の冒頭に仙谷由人官房長官は「情報漏洩に関する脅威は世界的にも高まっており、この問題から目を背けることは許されない」と指摘した。さらに「秘密保全に関する法制は、厳しすぎると知る権利や取材の自由との関係で大きな問題を生じ、緩すぎると情報漏洩による国家国民の利益が失われかねないデリケートな問題だ」とも述べた。仙谷長官のこの認識は基本的には間違っていない。公務員の秘密漏洩の罰則は最高刑がコソ泥犯なみの懲役1年にすぎないからである。だが、議論を公務員に対する単なる罰則強化や保全手段の強化といった行政的次元に矮小化してはならない。
中露朝のスパイが今も暗躍している
2007年6月に九間章生防衛相(当時)が航空自衛隊の次期戦闘機F22の性能情報の提供を米国に求めたところ、ゲーツ米国防長官から「情報保全は防衛省のみならず日本全体の課題だ」として情報提供を断られたことがある。この出来事で象徴されるようにわが国の機密保全のあり方は日本全体の問題として問われている。公務員による情報流出だけでなく、「スパイ天国」と揶揄されるほど外国スパイ工作に侵食されている実態を想起しておくべきである。
例えば08年1月、内閣情報調査室の職員が10年間も在日ロシア大使館の2等書記官(軍参謀本部情報総局=GRU=所属)に政府の内部情報を提供していた事件が起こった。ロシアのスパイ活動はソ連時代と何ら変わっていない。中国も同様である。04年には上海領事館員が中国の女性スパイに「ハニー・トラップ」(性的関係によるスパイ活動)でスパイを強要されて自殺した。07年には防衛庁元技官が中国関係者に潜水艦情報を渡したほか、自動車部品メーカー「デンソー」の中国人技師が同社の最高機密を多数盗み出した。この技師は人民解放軍と関わる軍事スパイだった。北朝鮮がスパイ工作員を日本に多数潜入させ、拉致事件を引き起こしてきたのは周知のとおりである。今も変わらず、対日スパイ工作を行っているのである。
自民党政権時代の06年に「情報機能強化検討会議」が設置され、08年に秘密保全に関する法整備や国家公務員法の守秘義務規定の罰則強化検討などを求めた。さらに09年に「情報保全の在り方に関する有識者会議」が設置されたが、民主党政権は情報保全策を棚上げにしてきた。こうした反省に立たず、情報保護を論じるのは付け焼刃もはなはだしい。
スパイ罪がないのは日本だけである
わが国の現行法のどこにもスパイ活動を取り締まる法律がないことを嘆息すべきである。これまでスパイ行為に付随する行為、例えば出入国管理法や電波法などで取り締まってきたが、これらは初犯なら執行猶予になる微罪で、結果、わが国はスパイ天国と化してきた。罪刑法定主義が基本原則である民主国家にあっては、あらかじめ犯罪の構成要件や刑罰を定めておかなければ、いかなる犯罪も取り締まることができない。したがってスパイ罪がなければスパイ活動は犯罪ではなく“合法”となってしまう。現に戦後日本は他国の情報機関に自由なスパイ活動をすすめるに等しい愚を重ねてきた。したがって機密情報を守ろうとする最も相応しい意思表示はスパイ防止法の制定にほかならない。
そもそもスパイ行為そのもので逮捕できないのは世界で日本1国だけである。他国の場合、米国が連邦法典794条(最高刑=死刑)、イギリスが国家機密法1条(同=拘禁刑)、スウェーデンが刑法6条(同=終身拘禁)など刑法や国家機密法でスパイ罪を設けている。わが国の機密保持に関連する法律は、①日米相互防衛援助協定(MSA協定)に伴う機密保護法②日米安保条約の地位協定に伴う刑事特別法(第6条)③自衛隊法(第59条)④国家公務員法(第100条)⑤地方公務員法(第34条)などだが、①②は在日米軍に関するもの(最高刑は懲役10年)、③④⑤は公務員が職務上知りえた秘密を守る義務を定めたにすぎず微罪である(同懲役1年)。07年に米軍事機密の第3国への漏洩を防ぐ包括的な枠組み「日米軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)を締結し、電子情報なども含め米国と同様の秘密保全措置が義務付けられたが、協定は政府間のものであって、罰則規定がなく米軍情報の保護だけで日本の情報は無関係なのである。
まずスパイ防止法を制定せよ。それなくして国家の情報保護などあり得ない。
2011年1月7日


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