思想新聞 2000年11/1 【視点論点】

筑波大学名誉教授
鈴木 博雄 氏
人間の成長過程には、昔の若衆宿のように、若者同士が互いに影響を及ぼし合う仕組みが必要だ。思春期の若者は、先生や親世代に反抗して自我を確立し、大人になっていく。その際、悪い方向に行くのを防ぐには、先輩の指導が大きい。先輩に叱られてもそれほど傷つかない。上級生が後輩に強く当たり過ぎても、先生が仲介役に入るのだ。
青少年の指導上、大学受験にも余裕がある中高一貫教育が理想的。予算措置の問題もあるが、できるだけ進めるべきだ。
●わが家の流儀を
家庭が教育力を失っている背景に、情報化が進み親より子の方が多くの情報を得るようになった点がある。その結果、親の権威が次第に低下した。つまり、情報社会の中で親の権威、家庭の権威をどこに求めるかがこれからの課題だ。
一つには、わが家の流儀をつくること。「周りと同じ」では、親が自分で考えるべき生き方を外部に委託してしまうことになる。それでは親の資格はない。社会はどうあれわが家はこれで行く、という考えを明確に打ち出し、子供にそれを伝える努力をすべきだ。それが家に対する誇りにもつながる。まさに個性化と言えるだろう。
子供のしつけには根拠となる権威が必要で、それが家の宗教や先祖からの伝統、流儀だ。親たちもそれに従っているので、子供も従うというのが自然。日本の国民道徳の仕組みは歴史的に家庭の流儀=家風が基になっていたので、健全な家庭をつくることは、本当の意味で日本に民主主義の流儀を定着させることにもなる。
また、子供は生活の中で自ずと学んでいくのが大きいので、親と一緒に行動する機会を増やす。明確な目標を与え、青少年が努力による達成感を味わうことが大事だ。
●消費者の力で浄化
現代社会で悪いメディア情報が野放しなのは、まさに政治の責任。神戸事件の少年も、社会からの悪いメディア情報にかなり影響を受けていた。そうした現代社会の問題に、真剣に対策を考えることが必要だ。ところが、多くの政治家はマスメディアを敵に回すのが怖いので、商業主義に走るマスメディアに思い切った規制ができない。
そこで必要なのは、消費者としての国民の活力。例えば、俗悪番組のスポンサーに、もっと社会的責任を持つよう働きかける。企業の中でも、きちんとポリシーを持つ会社は、番組の内容に注文をつける。企業をそうした方向に向かわせるのも消費者の力。PTAなど公的団体も、きちんと発言をしてほしい。
●地域の教育力を高める
江戸時代には地域の名望家が指導力を発揮したので、明治の近代教育はそれを基礎に展開できた。村の小学校など自分たちが作ったという意識が強くあった。学校教育が成功するには、そんな地域とのつながりが必要だ。
現代は個人主義化が進み、地方も含め都会的な生活感覚になり、コミュニティの求心力が失われている。これを回復するには、学校を核として人々のつながりを再編していくのが最も現実的だ。社会教育活動にしろ校区ごとに行うのがやりやすいし、地域の人たちも子供を介しての触れ合いがあると、参加意欲が出てくる。
最近はコミュニティスクールという位置づけで、学校施設の一部を地域に開放し、スポーツや学習に自由に使えるようになってきた。制度的には学校教育と生涯教育に分かれるが、実際には学校を通じ子供たちと地域の人々との接触の機会が増え、教育効果が上がっている。
が、教師への過剰負担を避けるため提案したいのは、退職教師をボランティアとして活用すること。経験を積み人格的にも円熟した彼らに手当を出し、計画的に社会教育を進めて、地域の教育力を高めることができる。
さらに地域には、祭りのような伝統行事があり、社会的求心力を高める役割を果たしてきた。こうした伝統も地域の教育力を育てるのに役立っている。行政も小さくなる方向にあり、NPO(民間非営利団体)など市民活動を育て、支援に力を入れるべきだ。
少年非行防止対策として、公的機関や家庭は、それぞれの役割分担を明確にしながら、相互に協力し合っていくことがポイントになるだろう。
(取材・協力=世界思想、文責=編集部)


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