思想新聞2000年6月1日主張
周辺事態法など新しい日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)関連法が成立して一年が経過する。これによって周辺有事からわが国の平和と安全を守るうえで、抜け落ちていた日米協力の態勢が整備されたわけだが、有事態勢はこれで万全というわけでは決してない。一年が経ってもいまだ、先送りされている問題が少なくない。
総選挙を控えて国民はわが国の安全保障政策を点検しておく必要があるだろう。
実効性の確保にはほど遠い現状続く
新ガイドライン関連法の成立以後、問題になってきたのは、いかに速やかに周辺事態への態勢整備を進めるかである。それには、同法のもとで日米共同作戦計画を早急に作り上げ、さらに同計画の実効性を確保するために各省庁や地方自治体との確認作業を行うことである。
だが、この詰めは遅々として進んでいない。在日米軍と自衛隊による共同計画検討委員会は昨年12月に第4回会合をもって以降、開催されておらず、いまだ日米共同作戦計画ができあがっていない(読売新聞5月24日付)。
これではせっかくの新ガイドライン法もザル法に終わってしまいかねない。同法は周辺有事における米軍との協力の仕方や範囲を初めて法的に明らかにし、そのことによって周辺有事の際、うろたえる事態を回避する狙いであるが、現状のままだとそうした立法の意義も失われかねないのだ。
ここでネックになっているのは日本側の「集団的自衛権行使」に対する憲法解釈である。つまり、日本は集団的自衛権を国家の固有の権利として保持しているものの、その行使については違憲と見なしており、これが米国側を戸惑わせている。元来、国際法では二国間の防衛協力は相互主義に基づいており、集団的自衛権の行使として展開されるのが常識であるからだ。
こうした常識的対応を日本側ができないところに共同作戦立案の困難さがある。日米防衛協力を真に実のあるものにするには、国際法から逸脱した日本政府の憲法解釈を早急に改めねばなるまい。
さらに周辺事態法では自衛隊の協力活動を「交戦区域と一線を画する地域」と限定したが、空軍力やミサイル射程能力が格段に進歩した現代は戦争の交戦区域は限定されず常に流動的である。それにもかかわらず「一線を画する」としているので、自衛隊の活動に足枷がはめられ日米協力がスムーズにいかなくなっている。このこともまた日米共同作戦の作成が遅れている原因のひとつだ。
第二には、地方自治体と民間の協力が進んでいないことである。周辺事態法は幅広い分野での自治体や民間協力を要請している。それは港湾や空港のみならず、輸送、廃棄物処理、病院など、広範囲にわたっているが、協力を求めるだけで強制力を有していない。
これも元来、協力を義務化し協力拒否には罰則規定を設けて断固たる姿勢で臨まなければ、実効性をもたないはずだ。周辺有事の際に拒否されても強制力がなければ、対応が困難となる。実際、強制力をもっていないために各地で弊害が出ている。
たとえば神戸市には革新市長時代の七五年に神戸港に入港するすべての艦船に非核証明書の提出を求める「神戸方式」を設けており、これがために米艦船は二十五年間も神戸港に入港していない。周辺事態法に基づく自治体協力についても話し合いは進んでいない。
また昨年二月、高知県の橋本大二郎知事が「非核港湾条例」制定に動いたが、このような反米・非協力運動は共産党系首長を中心に各地に広がっている。「非核港湾条例」だけでなく、米軍への水供給反対の動きも出ており、周辺事態法の空洞化現象が生じている。共産党が地方議会で勢力を拡大することによって日米防衛協力の推進は一段と難しさが増しているのだ。
元来あるべき日本有事の態勢がない
また周辺事態法では周辺事態について「放置すればわが国に対する直接の武力攻撃に至る」恐れと定めるが、「直接の武力攻撃」があった場合の法整備、つまり有事立法が全く作られていない。そればかりか、新ガイドライン法から削除された「船舶検査」の立法化や平時からの安全保障としてのスパイ防止法などの法整備もなされていない。
その意味で新ガイドライン法は日本の安保確立へのスタート台に立ったにすぎないわけだが、一年経ってもこれといった前進がないのは遺憾であり、残された課題はあまりにも大きい。とりわけ国内の有事態勢づくりは集団的自衛権の行使問題と同様に安全保障の最も本質的な問題である。これを棚上げしてきたいびつな戦後体制を21世紀まで引きずっていくわけにはいくまい。安保政策の抜本的改革を求めたい。


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