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File-58 バークとトクヴィルの思想

思想新聞2002年6月15日号 共産主義は間違っている!!

摩訶不思議な「人権真理教」国・ニッポン 12

デモクラシーに納得的原理を付与できなかった社会

容赦なく繰り返された革命

Q 限界性が指摘されるとは言え、バークの視点は無視できるものではないわけですね。

 ええ。バークと「民主主義・人権」について補足しましょう。バークはフランス革命についての論考を著したわけですが、フランス革命から七月革命を経て60年後に起こった二月革命を、冷徹な目で「内側」から洞察したのが、アレクシス・ド・トクヴィルでした。彼は『アメリカン・デモクラシー』という主著で有名ですが、欧州諸国に飛び火する革命運動に、かつてのフランス大革命の悪夢を重ね合わせました。
 この点について、長谷川三千子・埼玉大学教授は、『民主主義とは何なのか』の中で、バークとトクヴィルとを鮮やかに結びつけています。
《バークは、『フランス革命の省察』の中で、そのような(時が経ったことがデモクラシーの徹底的マイナスイメージを拭い去る働きをしたことの)可能性を示唆してこんな風に語っている。
「もしこの新しい実験的政府を、追放された暴政に換わる必要な代替物として立てれば、人類はその時効が完成する時を待つこともできる。時効こそ草創には暴力的な政府を長年月の慣行を通して熟成し合法性の中に取り入れてくるものだ」
 すなわち、もしもフランス国民が「草創においては暴力的だった」デモクラシーというものを、その後100年あまりの間に「長年月の慣行を通して熟成し」、それを「合法性の中に取り入れてくる」ことができれば、「デモクラシー」という言葉が、その内容ともども「よい意味」に変身することも不可能ではないということなのである。
 但しそのような「時効」が可能となるためには、次の二つが不可欠であることをバークは指摘している。一つは、その新しい実験が本当に「納得の行く便宜の原理から生まれた子供」であるということであり、いま一つは、それに携わる人々が「溌剌たる精神、着実で忍耐強い注意力、比較総合する様々の力、機略に富んだ判断力」を備えていることである。そしてこの二点についてバークは甚だ懐疑的なのである。
 バークは、フランス議会の人々が「全体を未だ実際に試されたこともない思弁のなすがままにしたり、国家にとって最も重大な利害を粗雑な理論に委ねたり」するばかりで、本当に「公共の利益」について気遣うということが見られない、と指摘する。……バークはこの著書において、この上なく鋭い洞察力により、或る意味ではフランス人自身よりはるかに正確に、フランス革命によるフランス人の心性といったものを捉えているのである。例えば、この著書自体は革命勃発の翌年に書かれたものなのであるが、バークは……その3年後のヴァンデの惨劇をずばりと予言するがごとき言葉を残している。そして、フランス革命がはたして「時効の完成」を遂げることができるか否かについての彼の予言も、やはり見事に的中してしまう、ということになるのである。……アレクシス・ド・トクヴィルの『フランス二月革命の日々』は言うならばバークの洞察の正しさを、フランス人がフランスの内側から証言したものである。トクヴィルはその中でこう述懐する。
「私は過去60年の歴史を心に描き始めてみて、この長い革命のいくつかの時期の終わりに、人々が抱くこととなった幻想に気がつき苦い笑いをかみしめたのだった。
 アンシャン・レジームの後を引き継いだのは立憲王政であった。この王政の後に共和政が、共和政の後に帝政、帝政の後に復古王政がくる。その後にやってきたのが7月王政だった。この相次ぐ変わり目のそれぞれで、人は自分勝手に自らの事業と称したものを完成させ、フランス革命は終了したと宣言したものだった。こう宣言することで、人は実際そうなのだと信じ込んだ。悲しいかな、私も復古王政のもとで、そうあってほしいと望んだし、復古王政の政府が倒れた後も、そのように考えていた。そしてまたフランス革命が始められた。というのも、いつも同じことだったからだ」
 この「また……始められた」という言葉ほど、「時効の完成」の失敗をあからさまに告白した言葉はあるまい》
 そして同時にこれは、1871年の「パリ・コミューン」の成功と挫折とをも予言することになったわけです。

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