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いつまで平和ボケなのか 危機管理が欠落する「戦後体質」

思想新聞 2000年3月25日号

地下鉄事故は氷山の一角 今こそ国民精神の刷新を

 阪神大震災と地下鉄サリン事件から5年が経過したが、この間、日本の「安全神話」が次から次に崩壊している。新幹線のトンネル壁ほう落事故や東海村の臨界事故など、これでもかと言わんばかりに「安全神話」が崩れ、さる3月8日には地下鉄脱線衝突事故で37人の死傷者を出した。折しも安全を守るべき警察の不祥事が続発している。これらは安全管理、有事態勢を怠ってきた「戦後体質」が露見したものだ。今こそ平和ボケの国民精神を刷新して日本再生に道筋をつけねばならない。

 東京都目黒区の営団地下鉄日比谷線で起こった脱線衝突事故は、死者5人・重軽傷者32人を出す大惨事となった。
 地下鉄は地上の鉄道のように横断する道路もなく、障害物との衝突の可能性がきわめて低く、鉄道の中でも安全とされてきた。だが、今回の事故はそうした「安全神話」を根底から覆したといえる。
 なぜ惨事を招いたのか、原因究明は警視庁や「鉄道事故調査検討会」が当たるが、首都圏では約3千7百万人、京阪神では約千5百万人が毎日、鉄道を利用しているだけに事故の再発防止に全力を挙げねばならないだろう。
 事故後に指摘されているように、軽量車両に原因があったり、あるいは安全管理システムに落ち度があったなら、惨事が繰り返される可能性がある。事故原因の究明をきちんと行うだけでなく、その情報を公開し、国民が納得する万全の安全対策を講じねばならないだろう。
 そこで国民にとって重要なのは、この事故を通して浮き彫りにされた「安全神話」の虚構を見据えることではないだろうか。
 何事も「安全」と漠然と信じている「安全神話」はまさに国の安全をすら他国に依存してしまった「戦後体質」の現れと言うほかあるまい。「危機管理」を行うことなく、「安全神話」にすがっている姿は、非武装中立なら国の平和が維持できるとする「九条体質」そのものである。
 「安全神話」など、どこにも存在しないことは95年の阪神大震災で痛いほど味わったはずだ。だが、国民は「喉元過ぎれば」よろしく、その後も「安全神話」にすがってきた。だが、新幹線のトンネル壁ほう落事故や東海村の臨界事故など次々と「安全神話」を覆されてきた。「危機管理」を等閑にしたツケがまわってきているのだ。
 こうした90年代後半の「安全神話」崩壊は、危機管理に弱い戦後日本人の体質が一挙に噴き出してきたといえよう。「日本人は水と安全はタダと思っている」(イザヤ・ベンダサン)とされる戦後体質こそ問題だ。
 なにせ今日の日本には安全管理のイロハである非常事態勢や有事法制すら整備されていないのだ。それを放置しておいても平然としておれる政治の怠慢。そしてその怠慢を許す国民の平和ボケ。これらを刷新しなければ日本の明日は存在しないだろう。

予防から再発防止まで総合的な危機管理策を確立せよ

 今回の地下鉄事故では、政府は事故直後に首相官邸別館の危機管理センター内に官邸連絡室を設け警察庁や消防庁、運輸省などと連絡を取り、被害状況の把握や事故原因などの情報収集に当たった。これは阪神大震災時に比べて大いに進歩している。
 だが、肝心の現場では危機管理の「司令塔」が存在せず、駆けつけた救急隊が右往左往する場面すら見受けられた。危機管理は段階を追って対応策を講じておくのが常識だが、まだまだ不十分なのだ。
 第一には、危機の予測・予知(想定外があってはならない)ということ。だが 地下鉄事故では「想定外の事故だ」と関係者は語っている。危機の想定ができていなかったことになる。
 第二には、危機の防止・回避(安全対策に抜かりがあってはならない)ということ。地下鉄事故では脱線防止枠がつけられていなかったなど、防止策が手抜かりがあった。
 第三には、危機の対処・拡大防止(救命活動や二次災害防止に遅れがあってはならない)。地下鉄事故後の対応について今のところ調査はない。
 第四には、危機からの復元・再発防止(徹底した原因究明がなされないといけない)。地下鉄事故は今後の課題として残されている。
 以上の4つの段階を踏まえた危機管理策の確立が急がれる。

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