だからスパイ防止法が不可欠だった
思想新聞2002年10月1日号【1面TOP】《特集・拉致問題と日朝交渉》
日朝首脳会談後の課題
日本自身が隙を作るな
有事立法も次期国会で制定を

9月17日、平壌・百花園迎賓館)
小泉首相は9月17日に平壌を訪問し、日朝平壌宣言に署名した。これによって日朝両国は国交正常化交渉を再開させることになった。だが、最大の懸案だった拉致被害者の安否情報がもたらされることによって、改めて北朝鮮の非道な対日工作が浮き彫りになり、国民の怒りと不安が高まっている。拉致、工作船、核・ミサイル疑惑など、北朝鮮には日本の安全を脅かす懸念材料が多すぎ、日朝首脳会談でもそれら懸念が払拭されていないのが現実である。北朝鮮に拉致の真相究明、工作船派遣中止、さらには国際核査察の受け入れやミサイル開発・発射の凍結などを求めるのは当然のことだろう。だが、北朝鮮の変化に「期待」するだけの受け身の姿勢で果たしていいのだろうか。我々日本自身が「拉致」や「工作船」を許さない確固たる国づくりが不可欠であると言わざるをえない。
日朝首脳会談で金正日総書記は小泉首相に拉致事件について説明、「背景には、ここ数十年にわたる敵対関係がある。自分としては、1970~80年代に、特殊機関の一部で妄動、英雄主義があった。拉致の理由は、特殊機関での日本語の学習、人の身分を利用して南に入るため。わたしが承知するに至り、責任ある人々が処罰された。これからは絶対に起こさない。遺憾なことであり、率直におわびしたい」と述べた。
また一連の不審船について金総書記は「調査して実態がわかった。私は知らなかった。特殊部隊が自発的に訓練を行ってきた。どの部隊か探した。検閲を始めている。今後はあり得ないと申し上げる。内部の問題であるが、特殊部隊がいくつもあり、それを過去の遺物として整理していきたい」と述べた。
金総書記は、拉致と工作船の二つの日本の懸案問題を北朝鮮の特殊機関による「犯行」とあっさりと認めたのである。
徹底的な真相究明は当然だ
こうした発言に対し、拉致被害者家族をはじめ多くの国民から拉致事件の徹底的な真相究明を求める声が強まっている。これは、当然の要求だろう。拉致で国家テロと判明した以上、真相を究明しその責任および賠償を求めるのは当然のことだからだ。金総書記は「数十年の敵対関係」を拉致・工作船を行った弁明に使っているが、韓国動乱で南侵して以来、「敵対関係」を作り出してきたのは、北朝鮮にほかならない。
北朝鮮は、62年に「四大軍事路線」を採用する一方、南北赤化統一をめざし、さまざまな工作を展開してきたが、韓国が強固な安保体制をとったことで、日本経由の革命工作を思い立ったのである。それが拉致をはじめとする対日革命工作である(3~4面参照)。
そこから登場したのが、金総書記が言う「特殊部隊」なのである。
68年1月に31人の特殊ゲリラ部隊が軍事境界線を越えて韓国に入り、大統領官邸近くまで侵入した大統領官邸ゲリラ事件や74年8月の朴大統領暗殺未遂事件、83年11月のラングーン韓国閣僚爆殺事件、そして87年11月の大韓航空機爆破事件など、いずれも「特殊機関」による犯行である。
こうした「特殊機関」は、朝鮮労働党の対外連絡部や調査部、作戦部のほか、人民武力部の特殊第八軍団や偵察局など、まさに国をあげて作られ、スパイ工作を繰り広げてきたのである。とりわけ拉致事件は、金正日総書記直属の朝鮮労働党の機関が行ったことは間違いない。これら「特殊部隊」が拉致や工作船を展開してきたわけだ。
だが、拉致事件の責任は北朝鮮にだけあるのではない。政府は国民の生命と財産を守ることが第一の責務だと考えれば、わが国の主権内で他国工作員による拉致を許した政府の責任はきわめて重い。このことを国民は肝に銘ずるべきだろう。
まさに、戦後の「平和ボケ」が拉致を誘発してきた、といっても過言ではない。北朝鮮が戦時態勢で対日革命工作(これを間接侵略と呼ぶ)を行っているのに、日本政府と国民はそれに気付かず安保態勢を強化せず、ひたすら高度経済成長に踊ってきたのだ。その反省なくして拉致事件の解決はない。とりわけスパイ防止法が不可欠だったのに、政府はその制定を怠った。そのツケが拉致事件である。
平和ボケから目覚めるとき
拉致が多発した直後、警察庁警備局長の山田英雄氏(後の警察庁長官)は次のように述べている。
「我が国は、現在、世界主要各国がことごとく制定している、いわゆる一般的なスパイ罪の規定はない。その中で、戦後、我が国を場とし、我が国の国家的機密を探知するスパイの活動は後をたたないのみならず、国民の防諜意識の低さにつけ込んで、その活動はいよいよ活発化して来ている。警察としては、違法行為を取り締まるという責務に基づいて、戦後数多くのスパイを各般の法令違反によって検挙しつづけてきた。今後とも現行法令を活用して、多くのスパイ検挙は続けられていくであろう。しかし、スパイを摘発しその暗躍を防ぎ止めるためには、国民の防諜意識のたかまり、国の機密を守ることの必要性の認識、更には国益についての正しい理解が基盤とならなければならない」(『スパイの実態/スパイ事件簿(警察庁警備局編)』日刊労働通信社=84年8月刊)
ここにはスパイ防止法がない中で、治安当局が適用できる法令を総動員して、スパイ工作を取り締まってきた苦悩が読み取れる。スパイ防止法がないから「日本には簡単に侵入し、捕まっても微罪だから安心して活動できる」との元工作員の証言もある。このように日本の戦後の「平和ボケ」は「スパイ天国」を生みだし、そして拉致の悲劇をもたらしたのだ。
こうした拉致事件を憂い憤るなら政府及び国民は何をなすべきか、自ずから明確になるだろう。
すなわち「平和ボケ」「戦後体制」からの脱却である。憲法九条の改正(個別的・集団的自衛権行使の明示)、防衛庁の省昇格による安保体制の構造改革、有事立法・非常事態法の制定、スパイ防止法制定および情報機関の設置など、戦後体制で放置してきた国家の基本政策を確立しなければならない。


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