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安全保障は大きな転換期に

思想新聞 1999年4月5日号

 日本有事研究が昭和52年に始まってから20年以上が経つ。しかしテポドン発射につづき、今回の大騒動は、事態が全く進展してないことの証左である。幸い、自衛隊初の海上警備行動など、甘い危機管理体制への反省の教訓は生かされつつある。日本の安全保障政策はいま、大きな転換期にある。

「危機管理」の4原則

 日本の平和と安全を守る基本態勢については、1.危機の予知・予測 2.危機の事前防止・阻止3.危機への対処・排除 4.危機からの回復・再発防止――の4点が挙げられる。「危機の予知・予測」について自衛隊の警戒監視活動の場合、日本の周辺海域については固定翼哨戒機により北海道の周辺海域、日本海および東シナ海を1日に1回の割合で監視。不審船舶があれば、直ちに海上保安庁に通報することになっている。
 今回、北朝鮮工作船を取り逃がした原因の一つには、「危機の阻止」に対する初動の遅れがある。自衛隊への海上警備行動の発令が巡視船追跡開始から12時間以上経ったのちで、追跡時での閣議決定の不要を指摘する声もある。
 また、これまで北朝鮮の船は40トン級ものが多かったが、今回の2隻はいずれも100トン級。しかし30ノット(時速55キロ)を超えるスピードで逃走したことから、高速巡視船等の保有も必要だった。

武器使用・領域警備

 ほとんどの国では、平時・戦時に関係なく領域保全を軍隊の任務と認めている。米国では沿岸警備隊が密輸船にも武力を行使し、有事の際は海軍の特別部隊に。韓国でも海軍と海洋警察庁が任に当たる。
 しかし、現行の自衛隊法下では、航空自衛隊の緊急発進(スクランブル)を除き、平時の警備任務や領域侵犯への対抗措置をとることはできない。また緊急避難以外の武器使用に関しても、その判断は現場の指揮官にまかせられている。緊張した状況での政治的判断が、大きな負担となることは間違いない。
 平時からの「領域警備」を自衛隊の活動と定めると同時に、いつ、いかなるときに武器を使用できるかなどの活動範囲を示す行動規定(ROE=ルール・オブ・エンゲージメント)の整備も急がれる。さらに第一線の部隊指揮官に任務遂行上の権限を付与することも重要だ。

対韓・米関係

 日本側の一連の行動について、韓国政府側は「迅速な対応かつ抑制のきいた行動」と評価した。北朝鮮問題に関しては、3月の日韓首脳会談で米国を含めた関係強化を確認したばかり。また北朝鮮から韓国に亡命した黄長?元書記は「日本を通じた対南(韓国)工作」を指摘している。
 一方米国は、日本国内の問題であり表立った発言は控えている。しかし今後の日米関係に関して、新ガイドライン関連法の成立が待たれるなか、少なくとも前進的要素となっているようだ。「威嚇」とはいえ実弾射撃は、周辺有事における信頼性にも変化があろう。

有事法制

 政府は有事法制について、1.自衛隊の行動に関わる法制 2.米軍の行動に関わる法制 3.自衛隊および米軍の行動には直接関わらないが国民の生命、財産保護のための法制――の3分野とする。このうち、政府が「有事研究」を行ってきたのは「自衛隊の行動に関わる法制」のみだった。野呂田防衛庁長官は、2月に米軍関連の有事法制の研究に初めて言及した。
 産経新聞によれば、今回の工作船事件の最中、工作員多数が日本国内に潜入したという。韓半島有事の際、米軍の後方基地としての在日米軍基地や原発が狙われる可能性を指摘する声が多い。これに対処できる法制化が急がれる。


海自の行動遅滞なかった

軍事評論家 菊池 謙治

菊池謙治.jpg (9684 バイト)

 現行法制下で行われた海上警備行動としては、自衛隊の作戦は遅滞なくスムーズに行われている。初の発令であったが、哨戒機も低空からの爆弾投下と海自の士気は高い。ただ、警告のための射撃しかできず、あと4、5時間発令が早ければ、拿捕の可能性も高まっただろう。
 火力ではなく、法制裏付けが問題であり、「武器使用」規定や平時の「領域警備」など法改正は当然のこと。国民世論の後押しも重要だろう。
 紆余曲折も予想されるが、小渕首相の有事法制への「政治的決断」に期待したい。(談)


■「行使できない権利」の愚 ■  集団的自衛権を考える

「権利はあるが行使できぬ」――。この政府見解は、まさに集団的自衛権をめぐる知的頽廃。その変更で、日米安保体制の片務性解消はおろか、東アジアの安定化にも大きく寄与できよう。

日米安保条約第五条「共同防衛」は死文に

 政府は1981年、国会答弁において「国際法上、集団的自衛権を有していることは当然だが、憲法9条で許容される自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最低限にとどまるべきと解しており、集団的自衛権の行使はその範囲を超え、憲法上許されない」との見解を示した。
 この「憲法上保有、行使不可」により、日米安保体制の片務性は極まった。すなわち、「いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の理念に対処するように行動することを宣言する」とうたう日米安保条約第5条「共同防衛」は、死文も同然となっている。
 行使するか、しないかは高度な政治判断が要求されることは当然である。しかし、その議論の前にすでに憲法に規定された権利が行使できないとは、まさに方便とも言うべき戦後政治の知的頽廃といえよう。
 日本国憲法第98条では、条約や国際法規の誠実な遵守の義務を明記している。したがって、国連憲章第51条「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」ことを遵守すべきであろう。
 他方、旧共産圏3カ国は3月12日、NATOに正式加盟をはたし、さらに9カ国が加盟を希望している。これはつまり、「1以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」という相互防衛の原則、集団的自衛権が存分に発揮されている実例である。

日米同盟の片務性解消が問われる(『防衛白書より』)

日米同盟の堅持に欠かせぬ見解変更

 日本の平和と安全を守る論議においては、憲法9条改正をはじめ、核攻撃に対する先制攻撃の合憲性とか、自衛隊法正、そして有事立法などが挙げられる。しかし外交評論家の岡崎久彦氏は、集団的自衛権を行使できると政府が見解を示せば、日本の繁栄は21世紀中葉まで確保されると説く(『情勢判断の鉄則』)。
 岡崎氏によれば、そのタイムリミットは中国の軍日米同盟.jpg (22872 バイト)事力が台湾を追い越すとみられる2005年あたりという。この際集団的自衛権の行使の「可能性」に言及すれば、それだけで日米と中国との軍事バランスは変化する。中国はさらに軍拡を続けるだろうが、経済的負担に耐えられずソ連と同様の道をたどる可能性も少なくないと指摘する。
 問題は、政府が見解を変える作業をいつ決断するかだ。日米同盟の堅持は、わが国の安全体制の基軸である。この成否を握るのが、集団的自衛権の名実ともの「保有」である。

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