思想新聞12月15日号 【視点論点】
外交評論家
井上茂信
第43代米国大統領に共和党のブッシュ・テキサス州知事が決まった。大難産の末の決定であった。
フロリダ州の大統領選挙人が両候補のどちらに屈するかを決める同州の投票結果が僅差であったことから、開票結果の再点検について、連邦最高裁まで巻き込んでの法廷闘争が展開されたためである。機械集計のミスの主張や手集計の是非など、両候補が法律専門家やブレーンを総動員しての全面戦争である。
今回の大統領選挙は、米国内の政治に深い傷跡を残すとともに、新大統領の前途を極めて多難なものにし、21世紀への米国の方向性が問われることになった。米国のワシントン・タイムズ紙には「米外交政策の指導性は生き残れるか」(フーバー研究所 アーノルド・ベイチマン研究員)の評論も出ている。
米の国内政治が受けた傷は、国論分裂である。その原因の第一は、両大統領候補が全く互角の勝負をしたことである。だからこそ、僅か25人のフロリダ州の大統領選挙人の獲得が選挙の勝敗を決めるという結果になった。しかも当初、ゴア候補が全米での獲得総数で勝ち、ブッシュ候補が獲得した大統領選挙人総数で勝つという“いびつ”な投票結果となった。だからこそ、ゴア候補はフロリダ州の集計結果について法廷闘争までして、“ブッシュ勝利”のために異議を申し立てた。敗れた候補者の無念さは、これからも長く尾を引くことになろう。 原因の第二は、連邦議会の新勢力が民主・共和両党伯仲(はくちゅう)となったことだ。このため共和党勢力がはるかに優勢であった選挙前のように、同党主導で各種法案を上程し、可決することが困難になった。米議会は合従連衡の修羅場となろう。
ベイチマン氏は、国論分裂について「今回の大統領選挙の勝利者は誰であろうとも、政治、経済、文化その他の面での米国民の意思は多数派を失った。しかも新大統領の誕生が難産の末であったが故に、その正当性が問われよう。したがって、新大統領がいかに有能であっても国内政治で指導力を発揮できるようになるには時間がかかるだろう。まして対外政策ではそうなろう。これは超大国の指導者としては由々しいことである」と論じている。注目すべき警告である。
問題は、どうしてこのような国論分裂が起こったかである。米国の政治にはリベラリズムと保守主義の二つの潮流がある。前者は女性、労組、非白人層・大都市住民などを支持基盤とする民主党の伝統的な立場で、妊娠中絶問題での「女性の選ぶ権利」支持、同性愛問題での寛容性など個人主義の尊重、対外政策ではイデオロギーよりも実利追求の姿勢などがその特色となっている。これに対し、保守主義は宗教界、農民、地方住民などを支持基盤とする共和党の伝統的立場で、米国の建国精神やキリスト教的価値観、家族制度の尊重などがその基調となっている。
国論分裂をもたらしたのは冷戦の終了だった。米国の相せめぎ合う二つの潮流の中で、外交面で超党派的指導力を発揮した初の大統領は、民主党のトルーマン(任期1945~53年)だった。米ソ冷戦勃発によってソ連の侵略阻止の国家的な大義名分にすることができたからだ。
米国の文明論者ジェームズ・カース氏は「ポスト冷戦現象としてハンチントン博士のいう文明間の衝突とともに、西側内部でもリベラル派対保守派の衝突が顕在化しよう」と指摘したが、今回の大統領選挙結果に見られる米国論の二極化は、まさにポスト冷戦現象の一つとしての米国内の“文明の衝突”と言えるかもしれない。
問題は、日本を含めた海外への影響である。ベイチマン氏は「米国が超大国としての指導力を喪失した時、最大の問題は米国の指導力に依存していた同盟諸国との関係である」と指摘している。
アーミテージ元国防次官補が専門家を集め、大統領選挙前に超党派で対日政策の報告書をまとめ、「日米の成熟したパートナーシップ」として提言している。その要旨は日本の潜在力を高く評価し、日本の集団的自衛権行使で日米同盟の強化を、新大統領に求めたものである。
新大統領の対日政策は同報告書が下敷きとなると見られるが、国論分裂で新大統領の指導力が弱体化した分、多大の潜在力を持ちながら対米甘えの姿勢と、平和憲法を楯に、同盟国としての応分の責任を果たさない日本への圧力はより強まると見てよいだろう。


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