思想新聞2003年8月1日号 共産主義は間違っている!!
摩訶不思議な「人権真理教」国・ニッポン 38
精神の荒廃を加速させる唯物的還元主義
存在根拠としての愛示せ
Q 先に触れた「性的嗜好」の問題に関してですが、長崎市の幼稚園児、種元駿ちゃん誘拐殺害事件についても、7月9日に犯人として補導された中学一年の男児生徒(12)には「サディズム」(加虐性愛)など「異常性欲」の徴候が指摘されていますが…。
A 犯人の少年は、駿ちゃんを家電量販店で誘拐した後、市内の立体駐車場の屋上に連れ出し全裸にしたうえ性器をハサミでV字型に切りつけ、「騒がれたので(20数メートルの屋上から)突き落とした」という残虐な方法で殺害しました。
この少年は児童福祉法に基づき誘拐・殺害の非行事実を長崎県中央児童相談所に通告され、家庭裁判所に事件として送致。少年は自立支援施設に入所することになりそうです。
駿ちゃんの両親は「犯人が中学生ということで刑事事件として罪が科せられないということは頭では分かるが、心が煮えくりかえり、中学生といえども極刑に処してもらいたい心境。このような事件で加害者が保護され、被害者が苦しむことのないよう少年法が改正されることを願う」とコメントしています。
犯罪心理学の小田晋・帝塚山学院教授は「いたずらや単なる出来心といった次元ではなく、本格的な性倒錯、性的嗜好障害がある。ハサミを持った計画的なもので、本格的なサディズムがあることを示している。連続幼女誘拐事件の宮崎勤被告、神戸市の連続児童殺傷事件の少年と同様、性的妄想が膨らんだ末の快楽殺人だ」と解説しています(世界日報)。
十二歳の少年が駿ちゃんを殺した事件は、社会に衝撃を与えました。確かに残された両親のコメントのように少年法を改正し触法年齢を引き下げる、あるいは年齢によってではなく犯罪の重度によって刑事罰に問うという意見ももっともです。それらは犯罪への「抑止力」として作用することでしょう。しかしそれは「対症療法」ではあっても、問題の抜本的な解決には繋がらないのです。
それには「異常なもの」を異常と認識し、悪いことを悪と認識する社会規範・モラルが必要でしょう。しかし今の社会はそれを急激に喪失しつつあります。前回述べたように、「性倒錯は異常だ」とも呼べない思潮が知らぬ間に世相に蔓延しつつあるからです。「愛」と「性」を切り離してしまうなら、そこに「生命の尊厳性」の入り込む根拠はありません。
なぜでしょうか。「私」という存在の背景には両親の愛が存在していたはずです。「レゾン・デートル」(存在根拠)というフレーズが一時期はやりましたが、存在根拠となっているものこそ、愛(宗教的には神の愛)だと言えるでしょう。この存在根拠に触れることのない皮相的な生命尊重論は子供でも納得するはずがないのです。この点において、汎性愛論を展開するフロイト主義では全く説明できません。またこの一点から言っても、まさに宗教教育が必要なゆえんだと言えます。
「この子は両親の愛があって生を受けた特別な存在なのだ」という理解がなければ、自分以外の人間を「モノ」としか考えなくなります。まさに唯物論的人間観であり、即物的な「還元主義」と言えましょう。マルティン・ブーバーにならって言えば、「我―汝」の世界観が欠如した「我―それ」のみの価値観、究極のエゴイズムにほかなりません。
その一方で親は親で、「産む産まないを決めるのは女性の勝手」と胎児を「モノ」と見る価値観が世を覆っています。
こうした「快楽殺人」現象はなべて「愛の代償」としての「性倒錯」であり、これもまた「愛の疎外・不在」に由来すると言えます。このことに気がつかなければ、教育の荒廃どころか亡国の坂道を転げ落ちていくしかなくなるでしょう。


コメント