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幻のブッシュ「中東民主化構想」を再考する

この記事は2011年2月6日に投稿されました。

9・11同時多発後のブッシュ米政権に「中東民主化構想」があった。いまや幻の構想である。だが、チュニジアの「ジャスミン革命」がアラブ全域に波及し、エジプトを揺るがしている現在、あらためてこの構想に注目したい。中東に民主化は必要なのか、必要ならどんなプログラムが望ましいのか、ブッシュ構想は再考されてよい。

世界の通商地図から抜け落ちた中東

10年前の2001年の9・11以降、ブッシュ米政権は次のように考えた。
―アラブの独裁政権が富を独占し、貧富の格差が広がり若者には雇用の機会もない。独裁政権は彼らの不満のはけ口として「反ユダヤ」「反米」を煽っている。その拠点となっているのが独裁政権の援助によって成立しているモスクや宗教指導者で、そこから「ビンラディン」(国際テロ組織アルカイダの指導者)が登場した。9・11のハイジャック犯はサウジアラビアとエジプト出身者だ。ビンラディン主義が「円循環」して再生産されるシステム、それがアラブの独裁政権によって作られている。ゆえに、中東を民主化し民衆をビンラディン主義から解放しなければならない―
 21世紀初頭、イスラム・アラブ圏は世界経済の発展から取り残されていた。当時、総人口13億人のイスラム諸国(約60カ国)全体への投資額は136億ドル(約1兆5000億円)にすぎず、スウェーデン(900万人)1国への投資とほぼ等しかった。中東アラブ諸国(22カ国)の輸出合計の世界シェアは1980年の13・3%から2001年には4・3%にまで低下していた。米・進歩的政策研究所のグレッサー部長は「アラブの民は今、世界の通商地図から抜け落ち、経済成長からも取り残されている」(日本経済新聞03年4月11日付)と指摘した。中東諸国全体のGDP(国内総生産)はスペイン1国よりも小さい。
 なぜこれほどまで経済成長に後れをとったのか。国連開発計画(UNDP)の報告書は、その理由を①自由が十分でなく②女性の権利が認められず③良質の教育が行われていない―としている。同報告は「1980年代から90年代初頭まで、ラテンアメリカと東アジアの大部分は政治体制を一変させた民主主義の波がアラブ国家には届かなかった。自由がないために人間的発展が遅れてしまう。市民としての自由、政治的権利、国民の発言権、メディアの独立性、政府の説明責任が世界の7大地域の中でアラブ地域の自由度が最も低い」と嘆いた。こういう状況を米国のリベラリストたちは大いに憂いた(ブッシュ政権側の人間だけではない)。たとえばニューヨーク・タイムズの名コラムニスト、トーマス・フリードマンは「これがビンラディン主義を生み出した社会経済的環境」と断じている(『グラウンド・ゼロ』)。

能力と機会の貧困からいかに脱却するか

アラブ諸国は2020年には人口が4億人以上になる。「すでに都市は人口過密で増大する世代が怒りとも貧しさとも無縁で成長しようとすれば、アラブ世界はまず貧困を克服しなければならない。それは経済的貧困ではない。能力と機会の貧困だ」とフリードマンは言う。UNDP報告もこう言った、「アラブ世界は今、岐路に立っている。無気力と無能力という名の道をだらだらと歩み続けるか、それとも人間として発展し、アラブ・ルネッサンスを実現しようという希望を追い求めるか。根本的には、どちらかを選ぶことだ」
 イスラム教が本来の価値を見いだし、現代にしっかりと対応できるようにするには、聖典の解釈の自由などイスラム教指導者が決断しなければならない課題が多い、という指摘も少なくない。シャリフ(イスラム法)の徹底施行を強要し反イスラム・反政府情報を締め出し続けると、イスラム教しか知らず、世界や他宗教を知るチャンスも情報もなく、自由な発想もできずに自由経済から脱落していく。サウジアラビアのキング・サウド大学のリーマ・ジャルフ教授は、サウジの小学4年から高校3年までの歴史教科書の記述内容を分析しているが、それによるとサウジを含めた中東イスラムの記述が全体の98・5%を占め、それ以外は1・5%にすぎない。同教授は“偏狭な歴史観”がテロの背景になっているとして教科書改革を求めている。

「米国の価値」でなくアラブ流の民主化を模索する

以上のような背景からブッシュ政権は「中東民主化構想」を描いた。そのロードマップは①第1段階=アラブ諸国はテロ・暴力組織への支援停止・テロ摘発。パレスチナ自治政府構築に協力。イラク復興への人道的、財政的支援②第2段階=先進国はアラブ諸国の輸入製品関税率をゼロにして経済支援し自由貿易協定(FTA)を締結。アラブ諸国は市民的自由、政治的権利、メディアの独立性、政府の説明責任など社会的経済的環境改善策を講ずる③第3段階=中東自由貿易圏を構築する―というもので、2012年までにこれら構想を実現したいと考えた。ブッシュ大統領は「中東地域の苦しみは米国のテロ被害につながるため、同地域で自由と平和を促進し、経済繁栄を実現することが重要である」と強調した。むろん、米国がアラブ諸国に関与すればするほど、イスラムの価値と衝突する可能性も高い。だから米国の著名な保守派ジャーナリスト、ボルシュグラーブは「文明の衝突に配慮せよ」と促した。だが、アラブの貧困を見逃せば、フリードマンが述べたようにビンラディン主義が再生され続ける。米国はこのジレンマに立たされた。中東民主化は「米国の価値」を押し付けるのではなく、いかに中東地域の繁栄を助けるのかに主眼を置くべきだ、西洋的な「民主主義国家」でなくともアラブ流の民主化があってもよい。そんな模索を続けることになったが、米国は2003年のイラク戦争によってイラクに釘付けにされ、それ以降はイラク民主化に集中し、アラブ全体の課題は二の次になった。オバマ政権はアフガニスタン戦争に意識を移した。そして今、チュニジア、エジプトの民主化の波がアラブの独裁政権を揺るがすようになったのである。

今こそ「アラブの覚醒」で新地平を拓け

米国の「中東民主化構想」から7年が経って、アラブ世界は変わっただろうか。答えはノーだ。確かに為政者たちには変化が見られる。それは石油依存体質から脱却しようとしていることだ。かつてサウジのヤマニ石油相は「いくら石油の埋蔵量があっても、新たなエネルギーが登場すれば、一瞬にして石油は見捨てられる」として、石油依存への危険性を述べたことがある。その石油埋蔵量もおそらく2040年には枯渇するだろう。そうなれば、もはやオイルマネーに依存できない。だから石油枯渇後にいかに備えるか、脱石油をいかに果たすか、それがアラブ産油国の最大の課題なのだ。それでドバイのように金融・リゾート都市国家を目指し、カタールやオマーンもそれに続いた。次なる時代を見据え、原子力発電所の建設も始める。そんな成長一辺倒策はバブル経済を引き起こし、そして2009年にドバイのバブルは破裂した。為政者たちは新たな模索を余儀なくされている。
 だが、前述のUNDP報告が指摘した問題点は何ひとつ克服されていない。相変わらずオイルマネーの恩恵に依存し、働かない社会的雰囲気に満ちている。人口増加率はきわめて高く、若年層(15~29歳)はアラブ全体の人口の3分の1以上を占めているのに、彼らの失業率は21・7%に及んでいる。これは成人の失業率(5・5%)の実に4倍だ。大学などの高等教育進学率も低いままだ(大半の国が20%以下)。民間企業の活動も弱く、雇用が喪失されない。それでいて為政者(独裁政権)に連なる一部の特権階級だけがオイルマネーの恩恵を独り占めし優雅な生活を送っている。これではアラブは遠からず、立ち行かなくなる。
 かつてイスラムは商人の代名詞でもあった。ブハーリーなど歴史上の大学者と呼ばれたウラマー(法学者)も商業を営むことで経済基盤を築いた。インドネシアなど東南アジアをイスラム化したのは海上貿易に携わるイスラム商人だった。イスラムにはキリスト教的な教会組織があるわけでもなく、聖と俗の区別があるわけでもない。それはイスラム教の成立時からそうであり、預言者ムハンマド自身が商人であった。そうしたイスラムの原点に立ち戻るときではないか。今こそ「イスラムの覚醒」「アラブの覚醒」によって新地平を拓くべきときだ。イスラムの「ウンマ」と呼ばれる伝統的な共同体を国家へと昇華させ、新たな国民共同体を創る。そうした道を歩まない限り、アラブも世界も幸福になれない。

2011年2月6日

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この記事は2011年2月3日に投稿されました。

エジプトが震源地となる「アラブ・ショック」

アラブが揺れ動いている。チュニジアの「ジャスミン革命」に続き、エジプトで反ムバラク100万人デモが巻き起こり、政権側との軋轢が頂点に達しようとしている。まさにアラブ・ショックだ。独裁国家が民衆によって倒されるのは心地よい風景かもしれない。だが、アラブ情勢はそんな単純なものではない。アラブの大国かつ親米国であり、中東和平の立役者でもあったエジプト・ムバラク政権が崩壊し、周辺諸国に波及するドミノ現象へと発展すれば、中東は大混乱に陥る。情勢の行方を我々は慎重に見守らねばならない。

チュニジアの「ジャスミン革命」が波及

アラブ・ショックの引き金となったチュニジアは人口1000万人で、年3~6%の経済成長率を続け、1人当たり国内総生産(GDP)は過去10年で倍増し現在は約4100ドル。北アフリカの優等生と呼ばれてきた。昨年12月には前原外相や大畠経済産業相(当時)らが首都チュニスを訪れ、太陽熱発電など約30の新規事業に合意したばかりだった。その一方で、国内では不満のマグマがたまり続けてきた。経済成長とは裏腹に失業率が高く、とりわけ国民の半数を占める30歳未満の失業率が高く、大卒者ですら20%を越えており、若者の不満がつのっていたのだ。政権はそうした不満を顧みなかった。1987年にクーデターによって政権を握ったベンアリ大統領が5期23年にわたって強権をふるってきたからだ。軍情報部出身のベンアリ大統領は秘密警察を全土に張り巡らせ、政治活動を制限、メディアを握り厳しく言論を統制し、報道の自由度ランキングは世界178カ国中164位(「国境なき記者団」調べ)という低さだった。
 独裁には腐敗がつきものだ。ベンアリ政権も例外でなく、国有企業が民営化されると親族がそれを私物化し、それを末端役人も見習い、腐敗は全土に及んでいた。そうした中で民衆革命の引き金となったのは昨年12月、チュニジア中部のシディブジドで役人の腐敗に絶望した26歳の男性が抗議の焼身自殺をしたことだった。政権に厳しく監視されるメディアは一切報じないが、インターネットを通じて情報が若者に広がり、抗議デモが始まった。政権側はそうした情報も封印しようとしたが、ネット普及率の高さが「情報の障壁」を打ち破った。とくにフェイスブックやツイッターなど個人と個人を結ぶソーシャルメディアがデモ行進やそれを弾圧する治安当局の動きを動画で発信し続けた。かくして情報は拡散し、ついに全土を揺るがす抗議デモへと発展。ベンアリ大統領は1月14日、海外脱出するにいたったのである。フェイスブックやツイッターといった個人ツールが独裁政権をひっくり返し、国花から「ジャスミン革命」と名づけられた。ジャスミン革命はまだ途上だが、周辺のアラブ諸国へと波及、とりわけ最大の親米国エジプトを揺るがしている。

親米・親イスラエルのエジプト崩壊の脅威

エジプトは人口8300万人でアラブ最大だ。ナーセル元大統領の汎アラブ主義はアラブ全体に大きな影響を与え、イスラエルとの間でスエズ戦争(56年、第2次中東戦争で勝利)、6日戦争(67年、第3次中東戦争で惨敗)を戦った。だが、後継のサダト元大統領は77年、長年の仇敵だったイスラエルとの対話を決意し、劇的なエルサレム訪問を行って、イスラエルのベギン首相と和平交渉を開始。親米路線に舵を切り78年に米国の仲介でキャンプデービッド合意にこぎつけた。そこから中東和平が始まった。ムバラク大統領がこの路線を継承してきたことを想起しておかねばならない。こうしたエジプトが作った大河の中で、武装闘争に明け暮れていたパレスチナ側もイスラエルとの対話に応じ、91年10月のマドリード会議、オスロ合意を経て93年9月、パレスチナの暫定自治を認める宣言に至り、さらに2003年、イスラエルとパレスチナが共存する「パレスチナ和平ロードマップ」が作られるに至った。ロードマップは一進一退だが、曲がりなりにも和平への道筋ができたのはエジプトがイスラエルとの共存路線を採り、親米国として存在したからだ。だからムバラク政権が崩壊した場合、どんな政権が登場するかによってパレスチナ和平、そしてアラブ全体の将来を決すると言っても過言ではない。
 エジプトではサダト前大統領が暗殺されて以降、約30年にわたり非常事態令が発令されたままで、ムバラク大統領体制が29年間続いてきた。内実はチュニジアと似ている。ムバラク大統領の側近勢力が政権の恩恵にあずかり、人口の約4割が1日2ドル以下という貧富の格差が激しい。昨年11月のエジプト人民議会(国会=公選議席508)選挙ではムバラク大統領の与党、国民民主党(NDP)が圧勝し、最大野党勢力であるムスリム同胞団は数議席に激減した(選挙前は2割の議席保持)。これには不正疑惑が浮上し、ムバラク体制への不満が高まっていた。問題はムバラク政権が倒れた際、どういう勢力が台頭するかである。軍主導やムバラク系が政権を握れば問題ないが、反イスラエルのイスラム原理主義組織、ムスリム同胞団が政権入りすれば、反イスラエル色が強まるとともに国内でイスラム原理主義が台頭、反米路線へと転換する可能性が出てくる。そうなれば、アラブ・ショックはかなりの深刻度で中東全域に波及するだろう。ムスリム同胞団の最高幹部、ラシャド・バイユーミ氏(カイロ大学教授)はムバラク大統領退陣後の政権で主導権を握ることに強い意欲を示している(2月2日・カイロ時事)。

イスラム原理主義・アルカイダの台頭も

アラブの長期独裁政権は、リビア(1969年以降、カダフィ独裁=自由度ランキング133位)、シリア(40年間、アサド父子の独裁=173位)、ヨルダン(立憲君主制だが事実上のアブドラ国王体制=120位)、サウジアラビア(1932年の建国以来、絶対君主制=157位)、オマーン(1970年以来、カブース国王=124位)、イエメン(1990年以来、サレハ大統領=170位)といった具合に自由度が低い。しかも、これらアラブ諸国はすべて若者の国である。アラブ全体で2020年には4億人を超すと見られるが、その6割以上が若者となる。彼らの失業率が高く、不満が渦巻いている。9・11同時多発テロの実行犯19人のうち実に15人がサウジ出身者だったことを忘れてはならない(アルカイダの温床だ)。加えて長期独裁で若者の失業率が高く、自由度の低い国は中央アジアへと連なっている。エジプトの行方は実にアラブのみならず、世界情勢を揺るがす。注視しておこう。

2011年2月3日

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