思想新聞2000年7月1日号
その道はこうして作られた

文鮮明総裁と世界平和連合の業績をたどる
今世紀最後の年、その最大のイベントである南北首脳会談が6月13~15日平壌で開催された。訪朝前、「出会うこと自体に意義がある」と金大中大統領は語ったが、その言葉には両政府間の溝の深さとそれを越える困難さが滲み出ていた。それだけに、「両首脳・南北共同宣言に署名(十五日)」というニュースは世界を驚かせた。今後世界の目は韓半島に釘付けになるだろう。そして、21世紀は韓半島を中心に動き出すことになることだろう。
ついに実現した南北首脳会談。両首脳が歩み寄ったその「道」は、まさに近くて遠いものであった。道は、誰かが先駆けて歩まなければ開かれることはない。韓半島の分断から今日まで、この日を迎えるために全てを犠牲にして歩んだ先駆者がいる。文鮮明総裁(世界平和連合)である。南北首脳会談実現を影で支えたもう一つのドラマを紹介する。
●文鮮明総裁の業績
文総裁のすすめる南北交流と統一の原則は四点にまとめられる。その第一は戦争の回避。すなわち、南北統一は平和的統一でなければならないということである。もし再び38度線(軍事境界線)で戦火の火蓋が切って落とされるようなことがあれば、韓半島全体が生き地獄のようになることは必至である。さらに戦火は日本をはじめ、周辺諸国にまで及ぶ。戦争を絶対に回避する、これが文鮮明総裁の断固たる決意である。
第二に、民間交流の推進である。南北統一を政府主導ですすめていくのは、両者の面子や過去の経緯など様々な問題があり、極めて難しい。そこでまず、民間から南北交流を進めていかねばならないということである。
第三に、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の経済力向上のため、非軍事分野における支援をすることである。北朝鮮経済に一定の展望が開かれなければ統一への道は現実味を帯びてこない。
第四に、「六・二五世代」の感情問題の克服である。六・二五というのは韓国動乱の勃発した日のこと。この動乱時に軍人として闘った世代は犠牲があまりにも大きく、金日成主席、北朝鮮を「戦犯」としてどうしても許せないという恩讐感情がある。しかし、南北交流をすすめ、更には平和的統一を図っていくためには、この恩讐感情を克服していかなければならないのである。
四原則に基づいたこれまでの文鮮明総裁と世界平和連合、統一グループの歩みを紹介してみよう。
● 命を賭して戦争を回避

文鮮明総裁訪朝の真相
ベルリンの壁の崩壊後、冷戦構造が唯一残る地・韓半島は、たびたび戦争の危機に見舞われた。最初は91年末、米国による北朝鮮の核関連施設爆破計画が持ち上がったときであり、次は94年6月、同じく核疑惑を巡って国連を舞台に北朝鮮に対する経済制裁論議が持ち上がったときである。
北朝鮮の核開発が加速されたのは90年に入ってからといわれる。その理由はソ連から見捨てられたこと。事前に何の相談もなく、ソ連は韓国を承認し国交を樹立してしまった。さらに翌91年9月、ソ連を継承したロシアが、ソ朝軍事同盟を事実上破棄したいと一方的に通告してきたのである。こうして北朝鮮は「自前の核」の必要性を認識することとなった。
90年代に入り、北朝鮮の核兵器開発と製造疑惑を裏付ける事実が次々と露見していくことになる。特に米国は偵察衛星などの情報を分析し、寧辺地区で約2千人の技術者が原爆製造のための研究を進めている可能性が高いと結論づけた。
北朝鮮の核開発に対する警戒心の高まりは、湾岸戦争によるところが大きい。イラクを叩き、その後の査察によって、彼らが核弾頭製造一歩手前にまで到達していたことが判明したのである。結果として、イラクよりももっと前から核エネルギーの開発を着手していたのが「ならず者国家」北朝鮮ではないか、ということになったのである。
もし、北朝鮮の核関連施設爆撃計画が実行されたなら、「第二次韓国動乱」は必至となり、血を血で洗う凄惨な戦いとなっていただろう。文総裁は「北朝鮮はイラクではない」(91年12月7日)と語り、徹底した主体思想で武装された国家に対する国際社会の認識の甘さを指摘している。
悲劇的な結果となることが明白な北朝鮮への攻撃が目前に近づいた11月末、世界を驚愕させるようなニュースが北京から全世界へ打電された。文鮮明総裁(世界平和連合)、北朝鮮訪問というニュースである。
文鮮明総裁は戦争を回避し、南北間の対話を促す契機となることを願って訪朝した。一方、招請した金日成主席は、世界的なそれもアメリカに基盤をもつ「反共の闘士」との会談は、孤立打開の道を開くことになると考えたのであろう。なお、文総裁の訪朝については北朝鮮の関係各部署の反対があったという。しかし金正日書記(当時)が建議、金日成主席が決断して実現したのである。
結果は11月末の緊張の高まりが回避され、前年9月から行われていた南北首相会談のペースに拍車がかかり、12月13日、「南北間の和解と不可侵、交流と協力に関する合意書」(南北基本合意書)に署名をしている。さらに同月31日「韓半島の非核化共同宣言」に合意をした。このような劇的な変化をもたらした最大の要因は、文鮮明総裁の平壌訪問だったと言えよう。
金日成主席との四項目合意
文鮮明総裁は、南北統一は真の統一でなければならず、なによりも理念の共有が必要であることを強調している。これは命を賭した信念である。
それを裏づける一つのエピソードを紹介しよう。91年12月1日、万寿台国会議事堂特別室で、尹基福委員長(海外同胞援護委員会)を中心とした北朝鮮側と文総裁との会談が行われた。実はこれは会談というより、北朝鮮の事情を知らせるためのブリーフィングであり、北朝鮮が誇る主体思想の紹介であった。彼らは文総裁を説得しようとしたのである。およそ30分ほどの説明があった。
続いて、統一運動の紹介を文総裁に同行した朴普煕世界平和連合世界議長(金剛山国際グループ会長)が一通り行ったのだが、突然文総裁が立ち上がり、話し始めた。これまでの歩みと平和の理念・神主義を紹介、最後に「主体思想は、神が存在しないので間違っている。だから、統一国家のイデオロギーとは成り得ない。中心イデオロギーは神主義と頭翼思想である」と強調したのである。
文総裁が万寿台国会議事堂特別室で語った内容について報告を受けた金日成主席は「何とおもしろい人物だろう。この男に益々会いたくなってきた」と言ったという。もちろん政府役人は会うべきではないと口々に語っていたにもかかわらず、である。
文鮮明総裁と金日成主席の単独会談は12月6日10時30分から2時間半にわたって、咸鏡南道咸興市麻田にある主席公館で行なわれ、歴史的四項目合意として結実したのである(別掲)。
この合意内容は、直後に署名された「南北基本合意書」や核査察の受け入れ、さらにこの度の「南北共同宣言」のベースになっていることを確認することができる。
世界平和連合代表団の訪朝
文総裁の訪朝後、世界平和連合及びその関連団体の訪朝が相次いだ。92年5月、米国自由連合代表団が訪朝。メンバーは総勢26人で、米国の元議員6人、元国務省次官補ら3人、元知事3人、元CIA副長官らが含まれていた。米朝間の橋渡しをするための訪朝であった。
さらに94年春にも世界平和連合代表団が訪朝している。CNNとNHK取材陣が同行したが、米国のテレビネットワークが北朝鮮入りしたのはこれが初めてだった。このとき金日成主席はCNNのインタビューに応じている。
この年の6月、核査察を巡って北朝鮮は孤立し、国連による経済制裁一歩手前まで追いつめられることになる。金日成主席は戦争を覚悟したといわれる。日本も緊張した。しかし、カーター元米国大統領の訪朝によって危機は回避される。世界平和連合が背後で支援したのは言うまでもない。戦争は何としても回避しなければならないのである。
文化・芸術交流と平和分野における経済支援

リトルエンジェルスと平壌少年芸術団
文鮮明総裁が訪朝した時、文化芸術交流の一環として尹基福委員長との間で合意された内容があった。それが「リトル・エンジェルス」(文鮮明総裁によって1962年に創設)の平壌招待公演と「平壌少年芸術団」のソウル招待公演である。翌92年に行われる予定であったが、核問題を巡る情勢の緊迫化と金日成主席の突然の死去、さらに金泳三大統領の非常事態警戒令発令によって南北間が冷却化し、計画は実現しなかったのである。しかし97年7月金日成主席死去後3年間の喪の期間が明け、10月には金正日氏が総書記に就任。翌98年には金大中大統領が就任して南北関係は新たな段階に入ったのである。
北朝鮮は早速、金日成主席の遺訓政治を実行に移していくこととなり、最初に行ったのが98年4月の「リトル・エンジェルス」平壌公演の招聘であった。公演は北朝鮮の中央放送テレビで毎日、全人民に伝えられた。互いに涙を流して抱き合う南北の子供達の姿を2千5百万人民がつぶさに見、一方韓国でもKBS、MBCをはじめ全テレビ局が連日映像を国民に送り続けたのである。南北七千万全ての同胞が、それぞれのテレビの前で涙を流し合った。
返礼としての「平壌少年芸術団」のソウル公演招聘は、今年5月24~30日まで、首脳会談直前の熱気の中で行われ、離散家族の人たちが招待され、一般向けのチケットはすぐに売り切れという大盛況となり、首脳会談実現のムードづくりにこれ以上ない貢献をしたのである。

「平和自動車」プロジェクト
文鮮明総裁を中心とする南北交流は、98年に大きく動き始めた。すでに紹介したリトルエンジェルス平壌公演と共に、自動車工場建設プロジェクト=「平和自動車」がスタートしたのである。平壌の近く南浦に百万坪の用地が確保された。この自動車会社は金剛山国際グループの系列である。なお、金剛山国際グループの会長は朴普煕氏であり、すでに述べたように世界平和連合世界議長でもある。
平和自動車は、朝鮮連邦(北朝鮮)・フィアット社(イタリア)との合弁で事業をすすめていく。今後の計画としては、早ければ来年末から北朝鮮の南浦工団で生産した自動車を韓国で発売する予定であるという。この自動車はイタリア製のフィアット社、1500ccクラスの「シエナ」で、平和自動車は3月末にフィアット本社と独占販売契約を締結。同社はまた、2月に自動車の修理改造工場の建設に取りかかったのに続き、5月初めに年産1万台規模の自動車組み立て工場を着工。来年末の完成をめどにしている。生産が始まればすぐに中国と北朝鮮現地で販売に入り、2006年までに年産10万台規模確保をめざすとしている。
南北首脳会談への橋渡し
南北首脳会談実現に向け、両政府が合意したとの発表は4月10日に行われた。ソウルでは、朴智元文化観光相が記者会見を行っている。集まった記者達の関心事の一つは「誰が橋渡しをしたのか」ということであった。しかしその場では明言されなかった。
ところが翌日の朝刊(早版)、京郷新聞とハンギョレ新聞はその「真相」を掲載したのである。すなわち、韓国と北朝鮮の南北首脳会談が6月に実現するようになった背景で、北朝鮮の会談意志を韓国政府に伝えた人物は、金剛山国際グループ朴普煕会長(世界平和連合世界議長)と朴相権社長(平和自動車)である。朴普煕会長は94年7月、金日成主席死亡時、弔問で平壌を訪問するなど、北朝鮮との持続的つながりを結んできており、北朝鮮当局から信頼を受けていたというものであった。
また、京郷新聞は「首脳会談合意の前、2月に南浦で南北合弁自動車工場の起工式を主管した金剛山グループの朴普煕会長と朴相権社長らが、水面下でメッセンジャーの役割を果たしたことがわかった」と報じた。さらに同紙は「両名はこの間、北朝鮮側と築き上げた信頼を土台に、金容淳(党書記、朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長)等、北朝鮮首脳に対し、経済協力の意向など、韓国政府の意志を伝達してきたという」としている。
両政府間の深い溝を越え、両当事者の意志を確実に伝えるメッセンジャーとなりうる資格の第一条件は信頼できる人物か否かである。信頼を獲得することの難しさ、とりわけ憎悪にも似た感情を持つ両者から信頼を得ることは簡単ではない。そのもっとも困難な「事業」を成し遂げたのが文鮮明総裁と統一グループであった。命を懸けた訪朝からおよそ10年、一貫して南北統一のために犠牲の道を歩んできた。その業績なくして今日の「橋渡し役」を遂行することは不可能だったのである。
そしてついに6月13日、歴史的な南北首脳会談が実現。同15日には「南北共同宣言」に両首脳が署名した。その内容は左上の通りである。
文総裁の金日成主席との四項目合意(91年12月)
一、南北統一の一段階、人道的事業推進の一環として92年から離散家族捜し作業を推進する。離散家族の再会及び結合は老齢者から許可し、場所と方法は追って決定。
二、核エネルギーは平和的目的だけに使用し、北朝鮮は道理にかなう国際核査察を受けることを確認する。
三、海外僑胞をはじめとする全ての国家の対北朝鮮経済投資を歓迎し、軍需産業を除外した北朝鮮の平和的経済事業に統一グループが支援する大原則に合意した。
四、南北首脳が会談し、統一方式を討論及び決議することができるならば、首脳会談が可能であることを確認する。
6・15南北共同宣言
祖国の平和的統一を念願する全ての民族の崇高な意志に従い、大韓民國の金大中大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正日国防委員長は2000年6月13日~15日まで、平壌で歴史的な対面をし、首脳会談を行った。
南北首脳は分断の歴史上初めて開かれた今回の対面と会談が、互いに理解を増進させ、南北関係を発展させ、平和統一を実現する上で重大な意義を持つと評価し、次のように宣言する。
一、南と北は、国の統一問題を、その主人である我が民族同士で互いに力を合わせ、自主的に解決していくことにした。
二、南と北は、国の統一のための南側の連合制提案と北側の緩やかな連邦制提案が互いに共通性があると認め、今後この方向で統一を志向していくことにした。
三、南と北は、今年8月15日頃、離散した家族、親せきの訪問団を交換し、非転向長期囚問題を解決するなど、人道的問題を速やかに解きほぐしていくことにした。
四、南と北は、経済協力を通じて民族経済を均衡的に発展させ、社会、文化、体育、保険、環境など、諸分野の協力と交流を活性化し、互いの信頼を固めていくことにした。
五、南と北は、以上のような合意事項を速やかに実践に移すため、近いうちに当局間の対話を行うことにした。
金大中大統領は金正日国防委員長がソウルを訪問するよう丁重に招請し、金国防委員長は今後、適切な時期にソウルを訪問することにした。
2000年6月15日
大韓民國大統領 金 大中 朝鮮民主主義人民共和国国防委員長 金 正日
◆解説あくまで第一歩、過度の期待は禁物
「南北共同宣言」に基づき、離散家族相互訪問・非転向長期囚問題を話し合うための南北赤十字会談が、すでに金剛山で行われている(6月27日から)。
しかし、一方では「自主的統一」や「連合制・連邦制」など、共同宣言に盛られた文言を巡り与野党の間で論争が起こっている。また両首脳の間で話し合われたとされる、在韓米軍の扱いや国家保安法廃止と朝鮮労働党綱領の前文改定問題などでの混乱も見られる。しかし、大切なことは歴史的な第一歩を踏み出したという事実である。決して後戻りしてはいけないという固い決意である。55年間の敵対関係、それも互いに殺し合った凄惨な歴史を背負う両者の溝は深い。互いに許しと忍耐の力を奮い起こして努力を積み重ねなければ南北の平和統一は実現しない。文鮮明総裁はそれを「真の愛による南北統一」と表現している。真の愛の力がこれまでの道を開いたのであり、今後の課題を越えていく根源的力であることを知らねばならない。


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