この記事は2011年2月14日に投稿されました。
台湾で陸軍中枢の現役少将が中国へのスパイ容疑で2月8日、逮捕された。逮捕されたのは陸軍司令部の羅賢哲少将。これまでのスパイ事件では最高位の軍人で、被害規模も「過去最大」(台湾各紙)という。台湾国防部によると、羅賢哲少将は2002年から05年までのタイ駐在期間中に中国の諜報機関に買収され、昨年10月に容疑が発覚するまで最大9年間、軍の機密情報を中国に流し続けていた。中国に漏洩した機密情報は、陸海空3軍の合同作戦を遂行するために米国から導入した高度な指揮通信システムに関する極秘文書や陸軍が台湾全土に配備した地下光ファイバー網の見取り図などが含まれている。中でも衝撃を与えているのは、米国から導入した「博勝案」と呼ばれる3軍合同ハイテク作戦を実施するための指揮通信システムの流出だ。同システムの構築には、「10年の歳月と約500億台湾元(約1400億円)の巨費を投じた」(中国時報紙)とされ、台湾の対中防衛に及ぼす損害は深刻だという。羅賢哲少将をスパイと突き止めたのは台湾ではなく米連邦捜査局(FBI)で、定期的にタイにいる中国の情報員と接触していることを察知、台湾側に通報し事件が発覚した。羅賢哲少将が中国側から受け取った報酬は数10万米ドル(数千万円)にのぼるという(産経新聞2月9日付など)。
中台の諜報合戦―中国のスパイ工作が優位に立つ
台湾からの情報漏洩はしばしば起こる。国民党が台湾に移る以前から中国共産党と激しい諜報戦を繰り広げてきた歴史があるからだ。1949年に蒋介石総統が台湾に渡った際、共産党側の大物スパイも国民党幹部として同行したという話も伝わっている。蒋経国時代には同総統の側近で、法務部調査局(特務機関)で「諜報の神様」と呼ばれた沈之岳(1913~94年)という人物も実は共産党のスパイだったという。このように中国は台湾政府のみならず軍にもスパイ網を張り巡らそうと執拗に工作してきた。これに対して台湾側も数多くのスパイを養成し、大陸に送り込んで情報収集に当たってきた。厳しく対峙する両国は軍事機密をお互い激しく探り合ってきたのだ。今回のスパイ事件もそうした流れの中にあるのは言うまでもない。
だが、最近は中国側がスパイ戦で圧倒的優位に立っている。中国は対台湾スパイ工作を4つの機関で行っている。国務院の国家安全省と公安省、人民解放軍の総政治部連絡部と参謀部情報部だ。この4機関がさまざまなスパイ工作を仕掛けている。例えば、香港や東南アジアで育った華僑の若者を長期間潜伏するスパイ「覆面」として育成し、「親台湾」を装って台湾籍を取得させ、軍や行政機関に就職させる秘密活動を行っている。2003年には香港生まれの軍事情報局の将校が中国に軍事情報を長期間提供していたことが発覚し、逮捕された。彼は組織の信頼を得るため、中国側が渡した「機密文書」を独自に入手したように装っていた。このように中国は「長期埋伏」と呼ばれる内部潜伏者を多数養成してきたのだ。中台間では言語や外見が同じで摘発が難しいので、人的情報収集「ヒューミント」が盛んなのだ(朝日新聞2010年2月26日付)。
09年1月、台湾政府の中枢である総統府の参事職員(部長級)が機密文書を中国に流していた容疑で逮捕されたほか、10年3月には軍情報局の退役情報員2人が現役時代から中国へ情報を流していたとして法務部調査局に逮捕された。さらに10年11月には軍情報局の羅奇正大佐と中国駐在の台湾人ビジネスマン羅彬の2人が中国へのスパイ容疑で逮捕された。羅大佐は軍情報局で10年以上に渡って中国の機密情報収集や諜報員の募集、派遣工作を担当。羅彬は04年に軍の募集に応じビジネスマンの身分で中国に渡って諜報活動をしていたが、中国当局に逮捕され拷問を受けた後、中国スパイに転向、羅大佐に接近し金銭で中国スパイに“スカウト”することに成功した。そして今回の陸軍司令部の羅賢哲少将のスパイ事件である。
「スパイ天国・日本」はけっして他人事ではない
陸軍司令部の将官が中国スパイだったことに台湾のみならず米国も衝撃を受けている。台湾の対中防衛に及ぼす損害が深刻なうえ、米台軍事協力の今後にも悪影響を及ぼすのは必至だからだ。その被害は米台にとどまらない。中国に漏洩した3軍合同ハイテク作戦をするための指揮通信システムが日本で使われているかどうか明らかにされていないが、同種のシステムが使われているとされるからだ。これを中国が分析し、サイバー攻撃に利用するのは確実だ。台湾は米国に最新兵器の提供を求めているが、米国は供与を渋ってきた。中国への配慮ではなく、台湾からの情報流出を恐れているからだ。味方だと思って流した情報や技術がいつ敵の手に渡るか知れたものではない。これでは米台同盟が危うくなるのは当然だろう。
このことは他人事ではない。日本は台湾にあきれているわけにはいかない。場合によっては台湾よりも日本からの情報流失の方が多いとされているからだ。すでに本欄で指摘したように、日本の「スパイ天国」は目に余るものがあり、米国は最新鋭ステルス戦闘機の対日輸出を躊躇している(詳細は「インテリジェンス」参照)。スパイ防止法も制定していない日本は他国のことをとやかく言えない。今回の台湾スパイ事件を他山の石としてスパイ防止法を早急に制定しなければならない。
2011年2月14日


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