思想新聞2001年1月15日号【マスコミ論壇ウオッチング】
「学級崩壊」から「学校崩壊」へと進む深刻な教育現場の荒廃は、今や大学にまで波及し、大教室で行われる講義は私語でほとんど成立しないこともあると報じられるようになって久しい。
学校や大学といった教育現場のみならず、法的に成人に達した青年男女にとって晴がましい場として祝われてきた成人式でも同様の事態が進行し、祝辞を述べていた自治体の首長が、大声で苦言を呈したとか、記念講演に呼ばれていた講師が会場のあまりのうるささに業を煮やして、講演を途中で止めて降壇したということがここ数年、成人式の度に話題になってきた。
しかし、今年ほど成人式参加者の目を覆いたくなるほどの傍若無人ぶりが報じられたことはなかった。特に香川県高松市では、祝辞を読む市長に向けてクラッカーを投げつけるなどした参加者5人が氏名不詳のまま威力業務妨害で刑事告訴されるということになった。
これについて、産経新聞の看板コラム「産経抄」は、1月11日付朝刊で当然のことながら、これまで若者の無軌道ぶりを「自己表現」だ、「パフォーマンス」だと持ち上げてきたマスコミや一部の大人たちに猛省を促している。
これに対し、これまで一貫して市民サイドに立ち国や公というものに批判的な立場をとり、いまや市民運動の機関紙と化した感のある毎日新聞が1月10日の「大荒れの成人式・傍観する冷淡さも許すまい」と題する社説で、「わざわざ出かけて式典をかき乱す行為など言語道断だ。騒ぎを起こした当人たちには、門出を汚されたと嘆く人々の心中をくみ、責任の重さをかみ締めてもらわねばならない」と厳しく批判している。
しかし、人の心中をくむことができれば騒ぎなど起こさないはずであり、最低限の秩序さえも守るに足らぬという風潮を生む遠因となった、同紙など左傾化したメディアにこそ「責任の重さをかみ締めてもらわねばならない」と感じるのはウォッチング子だけであろうか。


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