反「権力」を煽った言論人が拉致問題で「鮮やかな転身」
思想新聞2002年10月15日号 共産主義は間違っている!!
摩訶不思議な「人権真理教」国・ニッポン 20
頑なな「よど号」グループの主張
Q 日朝国交正常化交渉がいよいよ始まることになるわけですが、メディア・報道機関の過熱ぶりが目立っていますね。
国家の責任とメディアの責任
A ようやくと言うべきか、今さらながらと言うべきか、北朝鮮に対して今までどう対応してきたのか、ということが、国の責任をはじめ、メディアの責任について少しずつ言及されるようになってきました。
確かに、朝日新聞や社民党(旧社会党)・共産党の行ってきた発言というのは犯罪的とさえ言えます。とりわけ、ここで問題にしたいのは、「国家主権」の問題です。拉致被害が国家的テロであり、国民の身の安全を守るという最も基本的な権利が脅かされるという事態、これが現行憲法の基本精神であるはずです。これが脅かされるというのがすなわち「主権侵害」という事態なのです。
しかしながら、先に言った意味での、「主権」、すなわち「国家主権」という言葉は、元来左翼ジャーナリズム、左翼知識人らが敵視してきたところの「国家権力」でもあるわけです。これは革命勢力にとっての「絶対悪」でありました。新聞に限らず、テレビやラジオのメディアにおいては、直接的表現は避けても、客観的というよりは恣意的に反国家・反政府・反体制を煽るような論調に遭遇することは珍しくありません。政治家や一般国民はそうでもないのに、いたずらに「憲法改悪反対」あるいは「有事立法反対」を叫んでいるわけです。それが今回のように、こと拉致問題に限っては、北朝鮮の金正日総書記が拉致事実を認めるや、手のひらを返すように一斉に「主権侵害」を非難し、国の取り締まりの責任を追及するといったありさまです。この「鮮やか」な「転身」ぶりに驚いた向きは少なくなかったのではないでしょうか。
そして今回、メディアや知識人というもののヤマ師的なうさんくささ、あるいはヤクザ性というものがさらけ出された形となったのではないでしょうか。こうした点に関し少なくとも国民の方が冷静かもしれません。
共産主義者ではありませんが、それこそ真摯な「総括」と「自己批判」が必要なのではないでしょうか。元赤軍派議長の塩見孝也氏にしても、雑誌『創』(11月号)でよど号ハイジャック犯メンバーとその妻たちの拉致への関与を認める発言を暴露していますが、これまでさんざん彼らを擁護してきたのが、塩見氏自身だったのです。もともと彼は、20年もの間服役したとはいえ、よど号ハイジャックの首謀者でした。故・田宮高麿ら「よど号」メンバーの根底にあるのは、責任のかけらもない子供のような「甘え」です。さんざん他人を生命の危険にさらして国交のない国に逃亡しておきながら、「グループメンバーの無罪・人道帰国を」などという虫のよすぎる主張を繰り返しています。彼らに対し拉致被害者・有本恵子さんの両親が断腸の思いで「法の裁きを受け罪の償いを」と語る姿は、まことに痛々しいものでした。
今のところメンバーの元妻の証言やジャーナリスト・高沢皓司氏の『宿命』(新潮文庫)など、一部でしか明らかにされておらず、金正日総書記も彼らの拉致工作を認めませんでした。それをタテとして、塩見氏と連絡を取り合った現リーダーの小西隆裕は、拉致事実を頑なに否定しています。また警察など、西側の情報機関から有本さんらの情報を得ておきながら、全くと言っていいほど動いてこなかった。それに対し、拉致被害者の家族たちが憤るのも全く当然のことなのです。
いずれにしても、左翼的固定観念に凝り固まったメディアの「優等生」たちは、今回の拉致問題で「学習」したことでしょう。つまり、「国家の主権」とは、「姿なき国家というものの得体の知れぬ権力」ではなくて、「一人ひとりの国民の人格の総体」であるという事実を、です。この認識に立つことができない言論人は、国家間の外交問題や国際問題を論ずるなど到底できるはずがないのです。これまで「主権国家」の意味すらまともに言及されなかったていたらくが、自衛隊への社会的冷遇(特にメディアにおいて顕著)を生み、安易な反戦平和運動に駆り立て、拉致を放置してきたこと、これを猛省すべきでしょう。


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