この記事は2014年8月8日に投稿されました。
中教審部会が「特別の教科」へ格上げ求める
現在行われている小中学校の「道徳の時間」は正式な教科ではない。それで日教組の教員によって授業が行われない、学校によって他の授業に振り替えられるなどの問題が指摘されてきた。保護者からすれば、地域や教員によって行われる授業が異なるのは由々しき問題だ。
政府は来年の4月から、道徳の授業を教科化することを目指し、2月に中央教育審議会(中教審)を諮問した。中教審は道徳教育専門部会を8月7日に開き、「道徳の時間」を「特別の教科」に格上げすることを盛り込んだ骨子案を発表した。秋までには答申を出す予定だ。
道徳の授業が学校と子供たちを立ち直らせた
先月の長崎県佐世保市の殺人事件では、友人の体を女子高生が自ら切断した。岡山県の女児誘拐事件では、誘拐した女児と将来結婚しようと考えていたという。社会を震撼させる事件が頻発している。実はこの根本には、「日本が戦後、道徳教育を本格的に行ってこなかった」という問題がある。
産経新聞の7月30日の記事に、暴力事件が多発していた京都府内の公立中学校で道徳教育を本格的に始めたところ、暴力事件が急激に減少したどころか、学力も向上したという事例が挙げられている。同様の事例は全国にあるといい、道徳教育が人格形成のみならず、学力の向上にとっても非常に有効であることを示している。
日教組はこれまで道徳教育に対して、「価値観の押しつけだ」「国家による支配だ」と不当ないいがかりをつけ、徹底して反対してきた。彼らは唯物思想である共産主義を信奉するから、人間の精神性を教育する「道徳教育」の意義を理解できないのだ。しかし上述の事例に見られるように、適切な道徳教育は極めて有効だ。
道徳の教科化を急げ
日本が敗戦によってGHQの配下に入ると、それまで教育の柱にあった教育勅語や修身は「軍国主義につながる」という理由ですべて廃止された。それどころか1947年に制定された教育基本法では道徳教科の排除が決まり、教員組合の結成も指示された。それでできたのが日教組だ。
文科省は「やはり道徳教育は必要だ」と訴え続けたが、共産党や日教組が強硬に反対した。1958年にはついに週一回の「道徳の時間」が設けられたがこれも正式な教科ではなかった。日教組は「通達には強制力がないから従う必要はない」と言って反対し、各地で行われた教師向けの講習会では妨害活動を展開した。多くの教員が授業の仕方がわからず、授業の時間にNHKの番組を見せていた。
その後、深刻ないじめ事件が繰り返し起こり、道徳授業の必要性は社会にも広く認識されるようになった。葬式ごっこに教師自らが加担した中野富士見中学いじめ事件(1986年)は社会に大きな衝撃を与えた。
現在は道徳が正式な教科でないため、大学で正式な学問として扱われない。だから専門家が育たず、理論構築も不十分だ。教員も、教員免許を取る際の科目にないため、自分の感覚で授業をするしかない。実際に教師に授業の様子を聞くと、子供には意見を聞くが教員が考えを述べてはいけないという。「押しつけになるから」という理由だそうだ。これでは教育にならない。
本連合創設者の文鮮明総裁は、教育の第一は心情教育、第二が規範教育、そして第三が知育や体育などの主管教育であると語った。ところが戦後の日本では、唯物的な思想をもつ共産党や日教組によって、精神面における教育、すなわち道徳教育が否定されてきた。現在の社会問題の根本的な原因の一つがここにある。日本の再生には道徳教育が必要だ。道徳教育は一刻も早く教科化すべきだ。
2014年8月8日


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