思想新聞2003年9月1日号【1面TOP】
日本は自衛隊派遣の決断を
毅然とした対応が真のテロ対策

イラクの首都バグダッドの国連事務所が爆弾テロに遭った事件は国際テロが依然として脅威であることを見せつけたと言える。折りしも9・11テロからまる2年を迎えようとしている。国際社会は卑劣なテロ行為を断じて許さず、一致団結して対テロ戦線を再構築しなければならない。その最も有効な策は国際社会がこぞってイラク復興支援に立ち上がることだ。日本ではテロ事件を受けて自衛隊のイラク派遣を躊躇する声が出ているが、それこそテロリストの思うツボである。今こそ国際貢献への覚悟を固め、自衛隊派遣の決断を下すべきである。
イラク復興に向け本格的に動き始めたバグダッドの国連駐イラク事務所は八月十九日、自爆テロの標的になり、デメロ事務総長特別代表ら20数人が死亡した。爆弾テロはデメロ代表の執務室のすぐ側で起こっており、同代表と国連のイラク復興支援活動の粉砕を狙った“国連破壊テロ”であったのは明白だ。
いったい誰が卑劣なテロを行ったのか。もともとイラク国内にはフセイン残党勢力が存在する。同勢力は米軍テロなどを繰り返してきたが、さる7月22日には二人の息子(ウダイ、クサイ)が死亡し、フセイン包囲網は一段と縮まってきた。
そうした中でフセイン残党勢力は対米新戦略を採用したとされ、それが八月中旬に始まった石油パイプや水道管などのインフラを狙った爆破テロと見られている。イラク国民の生活基盤を破壊することによって、米軍と新生イラクづくりを目指すイラク人指導者への不信を高めるのが狙いだ。
こうした新戦略にはイラク国内に流入してきたアルカイダなどの国際テロ組織が連動しているとの見方が有力である。
イラクには最近、周辺各地から国際テロ組織のメンバーが密かに入国してきたと言われる。第一にはロード・マップに沿って新たな和平が進展してきたパレスチナから対米「聖戦」の場を求めてイラク入りしたイスラム過激派メンバー、第二にはイスラム過激派の摘発を強めるサウジアラビアから逃れて入った過激派メンバー、そして第三にはこうした周辺地域のみならず、アフガニスタンやイランからの流入組や過激派だ。
つまりイラクに国際テロ集団がなだれ込んできているのだ。フセイン残党勢力がこうした国際テロ集団と連動することで米軍兵士を狙った単純テロからインフラ爆破などイラク国民を対象とした心理戦テロへと移行させ、さらにその延長線上に国連を標的に据えた国際テロへと発展を遂げてきた。この戦略転換を見落としてはならない。
その背後には中東のイスラム過激派がかつて信奉した毛沢東の「人民戦争論」が見え隠れする。毛沢東は敵が圧倒的に強い場合、「反抗を準備するには味方に有利で敵に不利ないくつかの条件を選び、作り出さねばならず、敵と味方の力の対比に変化をおこさせてのち反抗の段階に入る」とし、その条件として「敵の弱い部分を発見すること、敵を疲労させ士気を阻喪させること、敵にあやまちを犯させること」などを挙げている(『中国革命戦争の戦略問題』)。
イラク戦争終結後の米軍兵士への攻撃はこうした戦略的意図のもたない抵抗戦だったといえる。テロによって米軍兵士に危険感を与え、治安悪化へのイラク国民の苛立ちを誘えても、それ以上の戦略的意味はもたなかった。だが、次なる石油パイプや水道管破壊テロはイラク国民の疲弊感と米軍統治への怒りを呼び起こすばかりか、米軍を疲労させ士気を阻喪させる心理的効果を高める。
そして、さらなる意味合いをもつのが今回の国連テロである。それは敵の弱い部分、すなわち米国と国連の亀裂を一層深めさせ、イラク復興支援に携わる国際社会に「テロへの恐怖心」を生じさせて、撤退世論を起こさせるところに狙いがある。国際社会がテロに毅然たる態度を取らず、イラク復興支援を躊躇するようなことがあれば、それこそ「あやまちを犯す」ことになり、テロリストの思うツボとなるだろう。テロはこうした心理戦に主眼が置かれていることを国際社会は想起しておかねばならない。
テロの最大の狙いは、恐怖心を抱かせて暴力に屈するように誘導するところにある。テロに対して無抵抗ならテロの対象から外されるのではないかとの錯覚を起こさせ、いつの間にかテロリストに屈してしまうように導くのが心理戦の要諦である。イラク復興支援に参加すれば日本もテロの標的になるのではないかと恐れる一部マスコミ(たとえば朝日新聞8月21日付社説「恐れた通りではないか」)は、まさにテロリストの術中にはまっているといえよう。
キッシンジャー米元国務長官は米同時多発テロ事件直後にこう指摘している。「米国ないし西欧の政策が、テロの脅威ないしその現実の前に屈したと見なされることは、(親米の)穏健なイスラム諸国から見ても利益とはならない。弱腰外交の最初の犠牲者はイスラム世界の穏健派であり、いずれそれは民主主義諸国のすべての国民の身に及ぶだろう」(読売新聞01年9月17日付)。
つまりテロに屈すればその陣営の弱い輪をテロ集団に集中攻撃されることになり、結果的には自らへのテロ攻撃も許すことになるというのだ。
これを今のイラクで解釈すれば、国際社会がテロに屈したとイラク国民に見なされれば、その弱腰外交の最初の犠牲者は新生イラクづくりを進めるイラク統治評議会(7月13日、イラク各宗派・組織から25人選出)メンバーになるということだ。彼らが次の標的となり、イラク国民を恐怖のどん底に陥れ、テロリストに組みすればテロの恐怖から逃れられるとの錯覚を国民に植え付け、ついにはイラクに恐怖政治が復活することになるのである。
だから国際社会が取り得る唯一の選択肢はテロと毅然として戦うこと以外にはない。国連安保理は8月14日にイラク統治評議会を「歓迎」し、国連イラク支援団創設を承認する決議を採択したが、この方針を断固貫徹し死去したデメロ代表に代わる新代表を任命してイラク復興支援への万全の態勢をつくりあげねばならない。
日本もイラク特措法に基づく自衛隊派遣を躊躇すべきではない。危険だから派遣しないというのはテロリストに同調した論理にすぎない。国際貢献に身体を張っても取り組む覚悟が最高のテロ対策なのだ。自衛隊が安全に活動できるように武器使用基準を見直し、国際標準基準で臨めるようにするなど万全の対応策を採ってイラクへの早期派遣を決断すべきである。


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