思想新聞2001年10月15日号【視点論点】
国際ジャーナリスト 西邦男氏
鍵握るパキスタンの動向 米・英両国は、米同時多発テロ事件の黒幕とされるオサマ・ビンラデイン氏と、その庇護者であるアフガンのタリバン政権への軍事攻撃を開始した。タリバン政権の崩壊は時間と問題となり、いよいよポスト・タリバンのアフガン情勢に焦点が移ってきた。
アフガンは、過去数世紀間を通じて、止めどなく外国のエネルギーを消耗する地域であることを証明している。この点でアフガンは、米国にとって泥沼となりうる。
しかし、過去の場合と違うのは、今回、西欧諸国をはじめ、ロシアおよび、アフガンを囲む形の周辺諸国が、同調するか、少なくとも協力的である点だ。冷戦時代のように、公然と反対し、タリバンに援助する国はない。これは、今後の米国の対アフガン政策の展開にとって希望を与えるが、果たしてタリバン消滅後の新事態下でも、このような結束が続くだろうか。分裂アフガン アフガンの構図の第一の特徴は、“分裂”である。アフガン社会は、積み木の家のようなものだ。今、イタリアに亡命中のザヒルシャー元国王を統合の中心として担ぎ出す計画が進められているが、実態は、タジク人、パシュトーン人、ハザラ・ウズベク人(両者はモンゴル系の血を共通としており縁戚関係にある)の三者の熾烈な権力闘争になるのは火を見るよりも明らかである。
三者とも、同じイスラム教徒で、かつペルシャ語を話すが、相互に深い猜疑心と、裏切りの歴史を持っている。当面は、テロで殺害された故マスード将軍のタジク人が優勢になるのは間違いない。パシュトーン人の側からもこれから、“反タリバン”を決め込んで、名乗りをあげる勢力が出てくるだろう。タリバンを作ったパキスタンを憎むタジク人勢力が強くなることはパキスタンにとって、脅威であるし、何よりも多数派を政権から除外することが出来ない事情がある。マスードの夢 穏健派政権を立てる機会は、故マス-ド将軍の時代にあった。マスード自身が、西欧的価値観を理解し、その側近達が新しいアフガン樹立に希望を持っていた。アフガンの穏健な知識人達のほとんどは、米国、西欧、インドなどに亡命しているが、マスードの時代の95年に、これらの有力な人材がカブールに戻る動きがあった。マスードの力が他派を圧倒するようになったからだ。これを恐れたパキスタンが、イスラム根本主義のタリバンを急登場させ米国もこれを支援した。マスードの夢は潰え去った。しかし、ポスト・タリバンの米国の政策は、結局、マスードがやろうとしたことを継承する以外にはない。権謀術数の社会 問題は、最大多数派のパシュトーン人に穏健で有力な勢力が見られない、ということだ。かつて、対ソ・ゲリラ戦で有名をはせたへクマテイヤール氏は、権謀術数で知られたが、96年タリバンの圧力に対抗するため、カブールのマスードと手を組んだ。しかし、豊富な資金と武器弾薬を手にしたタリバンによる買収で、部下が寝返り、北部に逃亡、なすすべもなく消滅した。買収や、裏切り、残酷な復讐といったことが、日常茶飯事のアフガン社会に穏健な、政治勢力を見出すことは、非常に難しい。物質文明を軽侮 アフガン情勢の鍵を握るのは、パシュトーン人社会と国境を接し、最も結びつきが強いパキスタンの動向である。パキスタンは、イスラム根本主義とテロを、インドとの闘争に利用した。カシミールゲリラを訓練し、援助したのが、パキスタンのイスラム根本主義勢力であるし、タリバンのアフガンであった。今回のテロ事件で、パキスタン政府はタリバンを捨てたが、カシミールの過激派への援助を捨てることは出来ないだろう。それは、カシミール紛争でインドに敗北することを意味し、政権の存続問題にもかかわる。
さらに、テロの温床となっているパキスタンのイスラム根本主義も、勢力を弱めるわけではない。むしろ、強まるかもしれない。イスラム根本主義は、経済的な貧困と社会への無知に根ざしており、物質文明を楽しむライフスタイルの日本や欧米社会の風潮を軽侮し、強く反発する。
こう見てくると、タリバン消滅後も依然として、アフガンを巡る根本的な状況は、変化しておらず、形は変わったとしても、同じ内容の歴史が再び繰り返される危険性がある。【関連資料】 アフガンの民族構成総人口 25,838,797
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パシュトーン人 38%
タジク人 25%
ウズベク人 6%
ハザラ 19%
その他



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