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File-2 マルクス・エンゲルス思想は科学?レーニン批判するも暴力革命棄てず

思想新聞 2000年2月5日号

シリーズ Q&A共産主義は間違っている!!

「科学的社会主義」とは御都合主義だ

Q 日本共産党は、理論的基礎を「科学的社会主義」としていますが、なぜマルクス・レーニン主義といわないのですか。

 日本共産党が、その理論的基礎をマルクス・レーニン主義といわなくなったことについて不破委員長は、「1976年の第13回臨時党大会で、私たちは、『マルクス・レーニン主義』という呼び名を今後一切使わないという態度を決めたのですが、その決定の根拠としてマルクスであれ、レーニンであれ、その人がどんなに偉大な理論家であっても、特定の個人のすべての言明を金科玉条とする、つまり絶対化する態度はとらない、ということを強調しました」(1月1日「赤旗」)と述べています。
 しかし、呼称変更の本当の理由は簡単、カモフラージュです。というのも「プロレタリア独裁」や「暴力革命」など、マルクスやレーニンの著作に頻繁に現れる表現が、国民の共産党に対する警戒心の原因となっていたからです。
 マルクスやエンゲルスの「偉大さ」は「社会と自然に対する人間の科学的な認識を画期的に前進させた」ことにある、と日本共産党は、くり返し強調しています。ここから「科学的社会主義」という呼称が出てきました。
 さらに彼らは、科学的であるとは「原理」からではなく「事実」から出発することであるといい、事実から導かれる路線による「変革」である以上、「マルクスはその時点でこう述べているが、その後、人間の認識がさらに進んでみると、マルクスの言明が訂正されるということも、当然起きてくる」(同上)というわけです。マルクス、レーニンなどの言葉に囚われるな、というわけです。
 では、真に科学的であるということはどういうことなのでしょうか。科学とは「物事に対する知的、かつ合理的な取り組みや経験的実証的学問」をいいます。つまり物事に対して、知的かつ合理的に取り組み、そこから客観的な法則(原理)を見い出し、その法則が経験的に実証されるか否かが、科学的であるかどうかの基準であるということなのです。
 それゆえ、日本共産党が本当に科学的社会主義の政党であるのなら、マルクス、エンゲルス等によって得られた法則の実験であったこれまでの共産主義の歴史を踏まえ、共産主義の間違いを謙虚に認めるべきなのです。過去の表現どころか、その主張された原理(共産主義)にも固執すべきではないのです。日本共産党が、科学的社会主義を理論的基礎とすると言っているのは、過去の革命家の都合の悪い表現から身を隠す為の、単なる手段なのです。

▲不破哲三・共産党委員長はレーニン批判を行っているが…。

Q 不破委員長のレーニン批判の意図は?

A

今年に入って、不破委員長はレーニン批判を展開しています。不破氏いわく「レーニンの時代についても、それが短い期間であり、いろいろな試行錯誤もあれば重大なあやまりもあった」「はっきりいって、党綱領の革命の路線とレーニンが『国家と革命』で展開した理論との間には、最初からかなり深い矛盾があったんです」「大体綱領では国会で安定した過半数を得ることが革命の勝利への重要な条件となると規定しています。ところが、レーニンの『国家と革命』というのは、国会で多数を得て、これを革命の足場にするということ自体を否定しているわけですから」(同上)。
 さらに踏み込んで、「レーニンでも、科学的社会主義の革命家として、重大な誤りを犯す場合もあります。なかでも彼が、『国家と革命』で、マルクス、エンゲルスの国家論、革命論の誤った整理を行い、『議会の多数を得ての革命』という道を原理的に否定してしまったことは、その後の世界の共産主義運動に深刻な影響を与えた誤りでした」(同上)と述べているのです。「またか……」という感じです。
 これらの主張も、科学的社会主義の立場から、レーニンの命題を金科玉条とすべきではないという考え方に基づいてなされているのですが、本当のところは「政権入りの障害にならないよう、暴力革命をあらためて否定」(民主党、川端達夫 『アエラ』1/23号)しているにすぎません。
 不破氏によれば、レーニンの誤りは「マルクス、エンゲルスの国家論、革命論の誤った整理」によるというわけですが、まったく矛盾した主張です。ある時は、過去の革命家の主張に囚われるなといいながら、場合によってはマルクス、エンゲルスの主張(「敵の出方論」『赤旗』1月12日)を根拠に批判するのです。ここまでくると、要するに「科学的社会主義」とは御都合主義だと断じていいでしょう。
 一言付け加えておきますが、レーニンの「国家と革命」を批判したからといって、暴力革命路線を放棄したわけではありません。要するに「敵の出方」次第であるというのですが、この路線は宮本路線として定着しているものなのです。

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